遠征軍
ハリンストン王国は西の各国を吸収してさらなる大国になっていた。
ディビットの進軍はガサフィと違い、軍事力だけでない、経済力で吸収する事もある。
ガサフィが宗教統一という大義名分があるのに対し、ディビットにはそれがない。
人民保護との名目で重税で平民が苦しむ国へ進軍し吸収していく。
残念ながら、平民と王侯貴族の差は大きい。過去のブリューダル王国程でなくとも、悪政にあえぐ市民の不満は渦巻いている。
ディビットはマクレンジー帝国軍で平民として生きてきた、周りの兵達に助けられて生き延びたからこそ他国の平民の事情がわかる。
リヒトールも大商人とはいえ、平民であった。
ディビットは王族であっても平民として生きた、守るのは貴族ではなく平民だ。
隣国はハリンストン王国に吸収され、新たな隣国ができる、それをまた吸収するを繰り返し、極東首長国に続く巨大国となっていた。
青い軍服に身を包んだ大群が王宮前に整列している。
王が出兵するのだ。
たくさんの貴族達が見送る中、王妃の姿はない。それも政略結婚、夫婦不仲を推察する要因でもある。
王の隣に立つ王太子シャルルが声をかける。
「父上、母上に恨まれるのは僕なのですから、ほどほどにしてください。
母上は父上の軍服姿が見たいようですよ。」
ディビットは笑うばかりで答えはしない。
軍の出立は早朝である為、サーシャはベッドから出れる程の体力が戻っていない。
遠征で長く離れるディビットの愛情を一身に受けるからだ。
それを、わかっている者も少なくないが、それをわからない者の方が多い。
そこにはもちろんケイトも来ている。
早朝の出立には男性貴族は多く来るが女性の姿はほとんどない、更に目立っている。
王妃が不在の出陣式は、女性達が王妃を立てて避けるようになり、男性の儀式となっていた。
凱旋の時は貴族、平民、たくさんの人々が出迎えるが、まさかその平民の中に王妃が混ざって騒いでいるとは関係者以外には気づかれていない。
そこでも王妃が出迎えないと思われているのだ。
「なんですって、あの女、呼ばれもしてないのに来てたの?」
寝室からでてきたサーシャがシャルルの報告を聞いている。
「母上、言葉が過ぎます。」
ふふん、と口元に魅惑的な微笑みを浮かべる。
「まぁ、招待もないのに出席されたご令嬢がいるのですか。」
「母上、言い方を変えただけです。」
「私がディビットにたかる虫を許すはずはないわよ。」
お茶をちょうだい、とマクレンジー帝国から一緒にきた侍女に声をかける。
「私はお母様に一番似ているのよ。姿はリデルお姉様が似たけど、性格は私が似たわ。」
「シーリアお祖母様は物静かで美しいと言うしかない方でしたよ。」
シャルルは先日、マクレンジー帝国に行って、祖父母に会ってきた。
「ああ見えるだけで、情熱家よ。お父様について国を飛び出したのだから。
基本大人しい人だったけど、お父様につく虫は秘かに退治していたわ、徹底的にね。
大事な者は自分で守るのよ。
お父様には過去の悪い虫がたくさんいたから大変だったわよ。
私もリデルお姉様もそれを見てきたから、虫には驚かないし、対処法は身に付いたわ。」
どこでも、王って魅力的でしょ、とサーシャが悪女の笑みで笑う。
「シャルル、ほらほら今がチャンス、遊びに行くわよ。」
シャルルもサーシャも商人の服に着替え、少人数の護衛を従えて街に出る。
シャルルはオッドアイなので片目は眼帯で隠す、慣れた手はずだ。
街で根城にしている小さな家に行くと窓を開け、掃除を始める。
「シャルル、夕飯の買い出しに行こう。」
ディビットのいない間はよく街に出ているのだ、護衛の侍女エリスが長姉、サーシャが次女、シャルルはサーシャの息子、として生活する。
街の人々は王妃の名前も顔も知らないし、王太子と同じ名前の子供としか見ていない。
だが、サーシャの美貌だけは隠しようもなく、たくさんの男達が寄って来るが、それを許す護衛達ではない。
ディビットによって選りすぐりの精鋭達がつけられている。
「エリス、仕入れから戻って来たのかい。」
街を歩いていると、なじみの露天商が声をかけて来る。
「ええ、もう納品したわ。また2~3日いる予定よ。」
姉妹で地方から仕入れた品を問屋に卸す仕事をしていると街では思われている。
護衛達は商品を運ぶ人夫の姿で寄り添い王妃と王太子を守っている。
ディビットはサーシャが心配で仕方ない、王宮にいるときは一歩も外に出さない事さえある。
ディビットがいない遠征中はサーシャの自由時間である、こうやって街に出るのだ。
それを許すのは、ディビットもサーシャを締め付けているとわかっている事と信頼できる護衛がいるからだ。
「王様、側妃をとるって噂だよ、知っているかい?」
貴族だけでなく、平民にまで噂が知れ渡っているらしい。
「へぇ、噂ってどこから?」
「カンデル子爵のとこの調理人からだよ。
なんでも側妃になる姫さんと子爵のお嬢様が御友人だそうだ。」
その話にはサーシャも無関心でいられない。
「カンデル子爵って?」
「昔の王政を懐かしむ貴族さ、もっと貴族を優遇して欲しいのさ。つまり王様が税金を下げて困っているやつだ。」
「他にも貴族がいるの?」
「ジェッタイ伯爵とこやエンラン伯爵もさ。」
王太子のシャルルは目を輝かせて聞いている。
「僕の時代にはいらないですね。」
あはは、と笑いながら小さい声でサーシャに言う。
「その令嬢はバカだが、いい囮になっているな。
ジャレット、アーサーに連絡してくれ。」
シャルルは護衛の一人を呼ぶと指示をだした。
ジャレットは子供の頃のレオナールの護衛をしていた一人である、今はシャルルの護衛として付いている。
いつの間にか噂は一人で歩き、ディビットがケイトを側妃に望んでいるという噂は知らない者がいなくなった。
「オルチモア家にたてる使者の選抜に入っているらしい。」
「側妃に与える王宮の部屋の改装が進められている。
陛下が急がせていると聞いた。」
噂は尾ひれをまとい、真実のように語られだした。
そして、王が政略と違い、自らが選んだ側妃はきっと大事にされるだろう、側妃に取りいっておけばと思うやからがオルチモア伯爵家に集まっていた。
現体制に不満のある者達が集まっていたのだ。
当の伯爵家では、娘の嫁入りにと高額な宝石だとかドレスを買い込んでいた。それらは娘がまるで側妃に決まったような口ぶりで商人達に奉納させたり、後払いにさせていた。




