王妃サーシャ
妃編、完結になります。
15歳になったサーシャ・マクレンジーは父に手を引かれ、シーリアの見守る中を赤い絨毯の上を歩いて行く。
先には、ディビット・ノア・ハリンストン国王。
長いレースのトレーンはディビットがサーシャに贈った。
繊細なレースのウェディングドレスはマクレンジー皇帝リヒトールが末娘の為に長い時間をかけて作らせたものだ。
たくさんの国賓の中にガサフィとリデル、ジェラルドとレイラもいる。
これが家族が集まる最後だと全員が知っている。
其々が国を簡単に空けるわけにはいかない。
ハリンストン国王とマクレンジー帝国皇女の絢爛豪華な結婚式が行われた。
ハリンストン王国ではアーサーが宰相、レオナールが国務大臣としてディビットを支えている。
「ディビット、どうされました。」
アーサーが幸せいっぱいのはずのディビットに聞いてくる。
「サーシャが早く子供が欲しい、と言うんだ。若年の妊娠出産はリスクが大きい。」
あはは、笑いながらレオナールがディビットに言う。
「姫は昔から陛下に寄って来る虫退治に燃えてましたからね、子供が一番と思っているのでしょう。
それに姫は若くとも、陛下の方がすぐにでも世継ぎがいりますからね。」
「虫などいないよ、サーシャ一筋だよ。」
「虫はね、勝手に寄ってくるんですよ、姫を不安にさせないよう気を付けてください。」
わかっているよ、と政務を続けようとした時に侍従が飛び込んできた。
「王妃様の食事に毒が!」
言葉が終わる前にディビットは駆けだしていた、サーシャは大丈夫なのか、心配でたまらない。
「サーシャ!!」
扉を叩くようにあけると、サーシャが飛びついて来た。
「ディビット、怖い。毒が入ってたの。」
若く美しい妃は嫉まれるとはいえ毒は国への反意だ、ディビットは怒りで関係者を抹殺することしか考えてない。
「なーんて言うと思った?」
うふふふ、と腕の中のサーシャが笑う。
「レイラお義姉様に、しばらくは金魚を飼いなさい、と言われてましたからね。
可哀そうだけど毒見をさせていたの。
匂いもしたしね、我が身を守る教育は受けているもの。
マクレンジー帝国皇女にケンカ売ったのを後悔させてやるわ。」
「サーシャ、そんなに楽しそうに言わないで、私に任せてくれないか。」
ディビットは心配で仕方ない。
「大丈夫、しばらくは怖がっている振りするから。」
振りじゃなく本当に恐がって、気を付けて欲しい。
獲物を取らないでよ、とまで言いだす始末。
帝国から連れて来た二人の侍女と作戦を練っている。
その一人、側近のダーレンの娘エリスはサーシャ命といわんばかりにハリンストン王国に付いてきた。
腕がたつだけに安心だが、サーシャが暴走しても止めないで付いて行く。
王妃様が部屋に籠っていると噂がながれたのはすぐのことだった。
その王妃様は侍女の服を着て王宮に紛れ込んで、情報収集していた。
あの美貌だ、城内の男の目に留まるのは間違いない、秘密裏に警護を付けるが心配がつのる。
ディビットの胃に穴が開きそうだ。
「噂は誰かがたてないと広まらないのよ、悪意のある人のね。」
サーシャは掃除の侍女ということで執務室に来てお茶をしている、ディビットの膝の上が定位置だ。
「ね、アールエフ伯爵って知っている?」
「もちろん、我が国の伯爵だからね。」
「そこの3人娘は?」
「ご令嬢がいることは知っているが。それだけだ。」
「ふーん、長女と次女がディビットにプロポーズされたって言ってるの。
それなのに私と結婚したのはマクレンジー帝国のごり押しだって。
そして、その領地では食事に混ぜられていた毒草が自生している。」
「ありえないな、私は7歳からマクレンジー帝国にいたし、そこでサーシャと知り合ったからね。」
「信用しているわよ。」
サーシャがそれでね、とディビットに耳打ちして頬を染めた。
ディビットがサーシャを抱きしめ、アーサーとレオナールを呼ぶ。
「アールエフ伯爵家を調査しろ、サーシャは手を引く。」
サーシャを大事そうに抱き上げ執務室を出て行こうとして、振り返った。
「サーシャは全ての公務を休む、食事は私が毒見する。必ず犯人を処理しろ。
世継ぎを懐妊した。」
アーサーとレオナールは立ちあがり、歓声をあげる。
「おめでとうございます。」
「ありがとう、サーシャを部屋に連れて行ってくる。」
サーシャは部屋で厳重管理となり、安静を言い渡された。
この時ばかりは侍女のエリスもサーシャの管理人となった。
アールエフ伯爵は王宮に侍女として仕えている三女を使って、サーシャの食事に毒を入れたことが判明し、妊婦のサーシャに刺激を与えないように、密やかに一族全員が処刑された。
サーシャは順調に妊婦生活を過ごし、産み月となったある日、陣痛が始まった。
しかし、2日目になっても出産にはならなかった。
産室の扉が開いて、医師がでてきた。
「陛下、王妃様にお会いになってください。」
部屋の外で待っていたディビットが呼ばれて部屋にはいるが、部屋の空気は重い。
出産が順調でないことが伝わってくる。
「サーシャ。」
「ディビット、手を握って。」
サーシャの顔は浮腫み、声もかすれている。
「絶対、産むから待ってて。絶対に、絶対に。」
サーシャの微笑む顔が神々しい。
「サーシャ、サーシャ。」
ディビットがサーシャの手に唇をよせる。
「愛してるよ、サーシャだけを愛してるよ。」
う、う、うサーシャのうめき声が響く中。
「おぎゃーーーーー!」
男児が生まれた、医師の助手達が赤ん坊を産湯につけうぶ着を着せる。
医師がその間、サーシャの治療をするが、出血は止まらず、体温が下がっていく。
ディビットはサーシャの手を握りしめ、意識のないサーシャに体温を与えようとする。
ディビットの前に王子が差し出された。
「陛下、王子でいらっしゃいます。」
サーシャの横に王子を寝かして頭をなでる。
「我が子よ、お前の母だよ。」
ディビットの声に応えるかのように赤子の目が開く。
まぎれもなくオッドアイ。
右目の青、左目の金、間違いなくハリンストン王家の瞳。
現国王ディビット、世継ぎの王子、二人のオッドアイが揃い、見つめ合う。
「ほぎゃー。」
赤子の声に反応するように、サーシャの指が動く。
「出血が止まった、スープを持ってきてくれ。体力をつけさせるんだ。」
医師が助手に指示をしている。
サーシャの指に赤子の指を触れさせると、サーシャの瞳がゆっくりと開く。
「サーシャ、世継ぎだ、ありがとう。」
王子が見えるように近づけ、サーシャの身体を支える。
「ディビット、可愛い。」
サーシャが笑おうとするが、それをする体力もないらしい。
「側にいるから、休んでおくれ。」
ディビットがサーシャにスープを飲ませるとサーシャの目が閉じる。
慌てているディビットに医師が声をかける。
「王妃様は大丈夫です、眠られただけです。
先程、私達も諦めて陛下をお呼びしたのです、最後の別れの為に。
王妃様の意志の強さが奇跡を呼びました。
元々体力のあられる王妃様ですので、回復は早いと思われます。」
「ありがとうサーシャ、私に王子を授けてくれた。
目が覚めたら二人で名前を考えよう、我が希望、我が妃。」
そしてディビットは眠る我が子の額とサーシャの唇にキスをした。
愛しいサーシャ、君が私に全てを与える。
君が勇気をくれる、無くすことを恐れる私を君は飛び越えて行くんだ。
君がいるから私は王でいれる。
8/25-8/27 3夜3話 妃編完結
お読みくださり、ありがとうございました。
読んでくださる方がいることが励みとなり、ここまで書くことができました。
再度になりますが、ありがとうございました。




