レオナール・ハリンストン
母が泣いている、また父に新しい愛人ができたんだろう。
僕が王太子だが、僕の上には2人の兄がいる、全て母親が違う。
そのうち1人は前王妃の息子で今は行方不明だ。
ディビット・ハリンストン、前王妃の不義で廃嫡されたと聞くがそんなはずない。
彼はオッドアイだったのだから。
この国の王家にのみに伝わる血、王位継承権はオッドアイと共にある。
1代に1人しか現れない、王と後継者のみが持つ瞳。
彼はどこかで生きている、父のたくさんの子供の誰もオッドアイでないのが証拠だ。
父はオッドアイを憎んでいる、自分がそうではないからだ。
僕は何者なのだろう。王太子と呼ばれるが、オッドアイでないと蔑まれている。
国民の全てが知っているのだ、14代全てがオッドアイであったこと、当代だけがそうでないこと。
「レオナール。」
「母上、ご気分はいかがですか。」
母の目は赤い、さっきまで泣いていたとわかる。
「話があります。
あなた達はさがっていいわ、お茶は私がするから。」
母が侍女達を部屋からさげた、何があったんだろう。
お茶のいい香りが漂う。
「いつもアンヌのお茶が一番美味しい、とシーリア様が言ってくださってたのよ。」
はい、とカップを手渡された。
「王妃の地位に固執するつもりはないの、どうする?」
「僕も王太子の地位に固執していません。」
即答だ、あの父とは違う。
王とは責任と能力がいるのだ、残念ながら父には両方ないのに王を渇望した。
分裂した議会はもう機能していない、取りまとめる力が父にはなかった。
王である父は軍の傀儡だ。
そして我が国の軍は、いろんな意味で最低だ。
規律もない、愛国心もない、弱い者には横暴する、腐敗、横領、賄賂そんな言葉しか連想できない。
そんな軍を掌握できない王が父というのが恥ずかしくさえある。
「もう一度シーリア様の侍女に戻ります。貴方を置いて行きたくない。」
僕は最低の父を持ったが、最高の母を持った。
「結婚をしないつもりでセルジオ王国を出たんだから、貴方の様な息子を持てたのは幸運だったわ。」
それだけは夫に礼を言うわ、と母が笑う。
あの時シーリア様に背中を押されたから、貴方に会う事ができたわ。
優しくて強い母は僕の自慢だ。
「僕は母上が誇れるような息子であり続けたいです。」
「そうよ、やり直すのに遅いって事はないんだから。未来が違ってくると楽しみだわ。」
母の手にはペンがある、もう行動するつもりらしい、最高の母だ。
二人で離縁状と廃嫡願いを書いた。
顔を見合わせ笑い合う。
「こんなの書く王妃と王子って私達だけよね。」
「まったくです。」
楽しくって仕方ない、今まで考えすぎていた、捨てるのはこんなに簡単なんだ。
当座の資金をちょっと貰おうね、と母が宝石類を袋に詰め始めた。
「もう馬車は手配してあるの、次に愛人が増えたらと決めてたの。」
さあ行くわよ、と母は机の上に離縁状と廃嫡願いを置くと侍女達を呼んだ。
「あなた達には苦労をかけたわ、これで城をさがってもしばらくは大丈夫なはず。」
そう言って袋の中の宝石を分け与えた。
「あなた達は知らない事にするのよ、私とレオナールは午後はずっと温室でお茶をしてますから。」
「はい王妃様、お気をつけて。道中の御無事をお祈りしてます。」
母の行動力にびっくりだ、ずっと覚悟していたということだろう。
王妃と言っても傀儡の王の妃と王子だ、警備もあまい。
レオナールにとって兄にも等しい護衛達がいるが連れて行くことはできない。
今日は王の警護についている、連絡をする時間の余裕はない。
目立つから別々に王宮を出たが、待ち合わせ場所にはすでに母が来ていた。
「レオナールが一緒だから心強いわ、何でもできる気がする。」
「僕が母上をお守りします。」
まぁ、と母が笑う。
それでもね、きっと父上は母上が一番好きだと思うよ。
今までもどんなに愛人が出来ても母上のとこに戻ってきたじゃないか。新しい愛人に夢中になるのも僅かな期間のことだろう、今がチャンスなのだ。
「シーリア様がデュバル公爵家を出る時に一緒に出ようとしたら、側近のケインズ様から言われたのよ。
何事も準備をした者が勝つって。だから直接ついていかずに、ヒステン王国のマクレンジー邸で教育を受けたの。それはシーリア様が皇妃になっても役にたったし、ハリンストン王国の王妃としても役に立ったわ。
だから、今回も準備万端よ。」
そうだ、母は子爵家出身というのに、完璧な王妃であったのだ。
「グレン達がきっと止めるから、いない時を狙ったの。」
グレン達は母が選んだ僕の護衛達だ。忠義が厚く矜持も高い、この国の近衛兵で信頼できる者達だ。
母以上の王妃はいない事を、グレン達は知っているのだ。
レオナール・ハリンストン13歳、母アンヌとマクレンジー帝国に向かう。
父メーソン・ノア・ハリンストン王がその報告を受けたのは次の日の午後だった。
レオナールに付けている護衛のグレン達は、その日に限ってメーソンの警護に回っていたことと、王妃の侍女達が協力した事で発覚が遅れたのだ。
夜も新しい愛人の所に行った為、王妃の不在がわからなかった。
慌てて戻ると、そこにはメーソン宛の2通の書状。
自分は妻にも息子にも見捨てられたとわかる。
あの妻に見捨てられるということはマクレンジー帝国にも見捨てられるという事だ。
アンヌはマクレンジー帝国への切り札であった。
メーソンはすぐにマクレンジー帝国に早馬をだした。
なんとしても取り戻すのだ。
アンヌはマクレンジー帝国に向かうはずだ。
その頃、アンヌは国境近くの村の宿にいた。
「主人申し訳ない、母が熱をだしてしまって、医者はこの村にいないだろうか。」
宿の主人にレオナールが頼み込んでいた。
「こんな遅い時間じゃ来てくれないよ、明日まで待ちな。」
「そうか、水桶とタオルはお願いできるか。」
「へぇ、貴族の坊っちゃんの割にちゃんと道理がわかってるじゃないか。」
後ろから大男に声をかけられた。
「深夜にうるさかったか、申し訳ない。母が熱をだして焦ってしまった。」
大男は懐から袋をだすとレオナールの前に突き出した。
「礼儀のあるやつは好きだな、薬だ、母親に飲ましてやるといい。」
薬はありがたいが、信用していいのか、レオナールが躊躇していると男の連れがやって来た。
他に二人いるようだ。
「ガサフィ、どうした。」
こんな子供を連れているのか。まだ10歳になってないだろう。
だがこの子供、子供の雰囲気じゃない、貫禄がありすぎる。
「薬をやろうと思ってな、母親が病気らしい。」
ふーん、と僕を見てる。
「騒いで申し訳なかった。」
ガタンと音がしたと思ったら、宿の階段をアンヌが降りてきた。
「母上。」レオナールがアンヌの元に駆け寄った。
「レオナール、私は大丈夫よ、ありがとう。みなさんもありがとうございます。」
アンヌが謝罪とお礼を言おうとし、子供を見て固まった。
「リヒトール陛下。」
小さな声だったが、ガサフィと連れには聞きとることができた。
「誰だ、お前。」
子供が問いかけたが、その子供を守るようにもう一人の左目に眼帯をした連れが前に出た。
「ここでは他人の目もある、ご婦人は熱があると聞いている。場所を変えよう。」
どうやらこの男が仕切っているらしい、一番年上であるようだ。
そしてこれが運命の出会いとなった。
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