サーシャ・マクレンジー
その瞳はとても綺麗で引き込まれた。
右目が空、左目が太陽。
彼が私を抱き上げる。私の気持ちが、どれほど真剣か知らないでしょ、幼児だとバカにしないでね。
「ディビット。」
片手で私を抱き上げ、胸に深く抱き込み軽く駆ける。
「サーシャしっかり捕まっているんだよ。」
「あい。」
ディビットの体に腕をまわすと鼓動が伝わる。
どれほど走ったのだろうか、そこは王宮の奥深くにある庭園だった。
大事そうに私を地に降ろすディビット。
ディビットと私が二人で庭園とはいえ出かけられるというのは父から許可が出ている、ということだ。
もちろん警護は付いているが、1番の警護はディビットである。
ディビットの頬にキスをする、直ぐにディビットが口にキスをくれる。
誰よりも綺麗になるから、待っててディビット。
すぐに大きくなるから。
「サーシャは誰のもの?」
「ディビットの。」
「よくできました。」
ディビット18歳、サーシャ4歳。
私が大人になるまで待っていたらディビットは盗られてしまう、母ゆずりの美貌も父の権力も使える物はなんでも使ってやる。
とんでもない4歳である。
子供は欲しいものには全力投球だ。
ディビットは自力でマクレンジー軍の上級士官になり、中隊長に昇進していた。
それでも、ガンター侯爵の養い子でマクレンジー帝国兵士にすぎない。
サーシャは世界一の権力者を父に持ち、聖女と呼ばれた絶世の美女を母に持つ皇女。
どこから見てもディビットの方が不利であるにも関わらず、焦っているのはサーシャの方だ。
ディビットはすでに覚悟を決めていた、実の父から国を奪い取る。
その為の準備も着々と進めていた。
11歳の頃からマクレンジー皇帝の執務室に入っており、誰よりもリヒトールに似ている。考えも行動も、手段も。
オッドアイはハリンストン王国王位継承者の証、そして新しい政府の人員も育成している。自分を追放した現政権は誰も残さない。
マクレンジー帝国からの資金援助と武器提供を受け蜂起する。
債務完済後にサーシャを迎え入れる予定だ。
ハリンストン王国には金山がある、それがあの父と軍務でも国を回せる理由だ。
ガサフィが東を手に入れるなら、僕は西を手に入れよう。
中心にあるのはマクレンジー帝国だ、そこが経済の基盤となる。
その間、サーシャに今までのようには会えないだろう。
幼いサーシャ、日に日に変わっていく、どんどん綺麗になるだろう。
それを見れないことだけが気がかりだ。
あれから2年になるのか、と思いだす。
執務室では、リヒトールと側近達、ブレーン達が大型船による新しい航路を検討していた。
数ヵ国語による会議は、寄港地の地形、法律を交え気の抜けない様子だった。
いつものように執務室の片隅で、少しでも知識、実務を手に入れようと子供3人が覗き込んでいた。
ディビット16歳、ガサフィ13歳、ジェラルド5歳。
僕は陛下の側近達と実践に出る事も多くなっていた。
ガサフィと執務室に通い出して5年、3年前からジェラルドが参加した。
ジェラルドには無謀な話だが、執務室で泣く事もなく幼児が会議を聞き入った。
さすがリヒトール・マクレンジーの第1皇子と思ったが、あれがあいつを変態にしてしまったんだろう。
執務室では、残酷な話も普通にでる、それを幼児が聞いているのだから。
そういう環境にいると皇妃シーリアと皇女リデルに会う機会が何度もあったが、その日はもう一人いた。
皇妃が執務室にランチを持ってきた。
もちろん皇帝の分しかないが、僕達には侍女が用意してくれる。
皇妃が皇女リデル7歳と皇女サーシャ2歳を連れて来たのだ。
皇帝は皇妃の手を取ると横に座らせた、いつもの事である、残されたのは皇女達だ。
リデルはすでにガサフィが抱きかかえている。リデルの手にはガサフィのランチがある。
侍女がサーシャを兄のジェラルドの許に連れて行こうとしたのに、サーシャは僕のところに来た。
「初めまして、サーシャ姫。」
サーシャの視線に合うようにかがんで手を前にだした。
サーシャはしっかりした足取りで近づいてきたと思うと僕に抱きついた。
僕も周りもびっくりである、ジェラルドなどは何故に自分のところに来ないと訝しげである。
サーシャを抱き上げると抵抗するどころか縋りついてくる。
僕の首に腕をまわし抱きつくと頬にキスしてきた。
驚きすぎて声もでない、子供の体温は高い、体が温かい。
こんな幼い女の子に接する機会はなかった、扱いが解らず戸惑ってしまう。
サーシャのキスは止まらないのに、周りの誰も止めようとしない。
「サーシャ姫?」
「お目々、さーちゃの。」
舌がまわってない、これを可愛いと言うんだ、心が温まる、こんな気持ちは初めてだ。
「僕の目がいいの?」
「さーちゃのなの。」
リヒトール陛下が面白そうに見ている、完全に興味を持たれた。
「では、サーシャ姫に僕を捧げましょう。」
「さーちゃの?」
「僕を姫にあげましょう。」
「さーちゃもあげる。」
とんでもない言葉を聞いた。僕は兵士だが、姫は皇女だ。
「僕はディビット・ハリンストン、ディビットです。」
「さーちゃなの。」
サーシャ姫に膝まつき、その手をとり、キスをする。
「僕の全てをサーシャ姫に捧げます。」
あらあら、と皇妃が言ってる。
サーシャ姫は笑顔全開にして僕に飛びついて来た。
「さーちゃもでびとにささげます?」
僕にしがみ付いて離れない。これを幸せと言うんだ、心も体も姫を欲している。
「お嫁にくるかい?」
「さーちゃお嫁たん、する。」
様子を見ていたジェラルドが面白そうに近寄って来た。
「ずいぶん年上の弟になるな。」
「そうだな、皇女を嫁にするには国がいるな。手伝えよ。」
答えの代りにジェラルドが僕の腕を握りこぶしで軽く叩いてきた。
「やるか。」
「面白そうだな。」
リデルを抱いたガサフィが自分もと瞳を輝かせている、僕達は兄弟になるんだ。
「リデルもサーシャも彼氏がもういるなんて、すごいわ。」
皇妃もっと驚けよ、と思った僕は普通の感覚だと思う。
リヒトール陛下に婚約の了解をとり、僕は生存を公にできない秘密の婚約者となった。
簡単に婚約を許すマクレンジー皇帝おかしいだろ、いや、リデルという前例があるのか。
今はわかる、あれが運命だったのだと。サーシャのいない人生は考えられない。
4歳の幼女がこれから気を変えないように囲い込もう、僕が全てになるように。
例え逃げても、逃しはしないけどね。
早く大人におなり、僕が全て教えるから。
甘いキスをする、ハリンストン王国に君の籠を作ろう。
庭園の花の中で遊ぶ君は妖精だ。




