妃の姿
長い間、お読みいただきありがとうございました。
どこまでも続きそうなので、ここで一旦完結とさせていただきます。
初めての小説がたくさんの方に読んでいただけて、とてもとても嬉しかったです。
ガサフィとリデルのその後、廃嫡された元王太子ディビット・ハリンストン、今までの話の詳細とか、種の麻薬、悪魔の薬、新しい暗殺依頼者とか頭の中に話がいっぱいでキリがありません。
たくさんの方がブックマークをしてくださり、励みになりました。お礼と言ってはおこがましいのですが、書きためてある数話を番外編として近いうちにアップいたします。
またお会いできることを願って、再度になりますが、ありがとうございました。
それは、ずいぶん前から気づいたいた。
いくつのことに目を逸らしていたんだろう、逃げちゃいけないことなんだ。
「アラン、貴方も25歳、もういい加減にしたら。」
母の茶会に呼ばれる用件はわかっている、結婚のことだ。
シーリアも母になり、皇女の争奪戦が始まっているが、それを許すリヒトール・マクレンジーではないだろう。
シーリアにそっくりだという、欲しいが、24も年の離れた私がそれに名乗りを上げるわけにもいくまい。
母の側にいる侍女に目が行く。昔、エリザベス・ハンプトンを幽閉した屋敷で見たことがある。
母が私の視線に気づいたようだ。
「下がっていいわ、少し二人で話がしたいの。」
侍女達が部屋から出ると、母である王妃は私に言った。
「アラン、わかっているのでしょう。」
「はい。」
「そうよ、私がやりました。そう都合よく死んでくれるはずないわ。
そして、あの娘が子供を産んだらどうなるか、わかってたわよね。」
貴方も王も何もしなかった、と母は言う。
「エリザベスには王妃を務める才はない。そして子供は誰の子かわからないが、私の子であるかもしれない。」
すでに情の覚めたエリザベスに対する私の答えは現実を述べるだけだ。
そんな子が産まれたら、付け入る輩が必ず出てくる、国の動乱のもとになるかもしれない。
どうして、あんな女を取ってシーリアを捨てたのか、自分の馬鹿さ加減に泣きたくなる。
「私も幼少の頃より王妃教育を受けて、王に嫁ぎました。
王妃教育は国を守るためのものです。バカな王子を守るためではないわ、国を守るためよ。」
薬を処方より多めに飲ませるように侍女に指示したの、と母は言った。
お腹の子供が生まれないように。
王家とは国を守るべきもの、威厳の為の贅はあってもその責は己の首となる。
今になってわかる、自分のしてきたこと。
エリザベスも我が国の民だったのだ、遊びの対象にする女ではなかった。
私は遊びでもエリザベスは真剣だったのだ。
そして、王妃になる能力がない女と最初からわかっていた。
私が殺したと同じだ。
母に王妃という仕事をさせてしまったのだ。
女遊びをする私がシーリアに好かれるはずもない。それどころか婚約者を大事にしないと憎まれていただろう。
お茶の入ったカップを傾けてみる、お茶越しではなく鮮やかな花の絵が底に見えてくる。
物事も同じだ、傾けて見ると解ってくる事がある。
私にかけられた罠が見えてくる。リヒトール・マクレンジーにとってシーリアは絶対に譲れないものだったのだろう。その時点ですでに私の負けだ。
それでもシーリアを忘れる事はない。シーリアが私に報復をしたというのなら、消えぬ思い、これがそうなんだろう。
私もいつか絶対に譲れないものができるんだろうか、それは人だろうか、国だろうか。
それだけの思いを持つことができるんだろうか。
王家を絶えさせることは許されない、これだけはわかっている。
妻になる女性を大事にしよう、母のようにつらい役目を負う王妃になるのだから。
「どなたか、よい姫はいらっしゃるでしょうか。」
極東首長国王太子ガサフィは、マクレンジー帝国に来ていた。月の半分をここで過ごしていると言っていいほどだ。
帝国で教育を受け、私兵隊出身者から武術の稽古を受けている、どこの王子かと疑問がでるほどである。
そして時間ができるとリヒトールの執務室に入り浸っている。
「リデルの成長を見たいからです。」
彼女は僕のものです、と父であるリヒトールに言う。
「極東だけでなく世界の半分を手に入れます、世界一の王妃として迎え入れます。
それにはマクレンジー陛下を越えねばならないので勉強してます。」
7歳になったばかりの子供が言う言葉ではない。
「お前の目は子供の目じゃないな、ロナウドにはもったいない息子だ。
面白いな、私からリデルを取ってみろ。」
ロナウドも飛び抜けていたが、おまえは上を行く。
「まぁ、もうお嫁入り先が決まったのですか。お妃教育が必要ね、未来の王妃様ですから。」
シーリアがリデルを抱いて執務室に入ってきた。
ガサフィはリデルを受け取り、リヒトールはシーリアを抱き寄せる。
ガサフィはリデルの手をひいて、ソファーに行くと膝に抱きかかえて座った。
「僕は1年間砂漠での訓練に行かないといけないんだ。従来は10歳からなんだけど、早めてもらった。
リデルを早く側に置けるようにするから、待っていて欲しい。」
7歳が1歳の幼児に話している、異様な風景である。内容もおかしい、子供の会話ではない。
「あいつ、王になるな。悔しいが、やるしかあるまい。」
リヒトールの言葉に、どこが、とびっくりするシーリア。
おかしいでしょ、あれ。
「私と一緒だ、手に入れる為にはなんでもする。運命だ。」
娘を政略に使うのでなく、運命などとロマンチックに決めるなんて、こちらもびっくり。
「シーリア、お前が全てだ。」リヒトールが耳元でささやく。
シーリアが身体をリヒトールに預ける、それが答えというように。
愛されていると実感することの幸せ。
「リヒトール様が好き。」そっと答える。
政略で嫁がされる身の上であってもおかしくなかった。それが好きな人のところに嫁ぎ、愛されている。これを幸運と呼ぶんだろう。
好きという気持ちは、この幸運を逃がさない為のスタート地点なのかもしれない。
皇妃のシーリア、未来の王妃のリデル、二人の背後には奇才を持つ男達がいる。
男達の道は穏やかなものではない、命を狙われるような恨みもかう。
側にいる限り同じ危険が付きまとうが、そこから逃げたりしない。
皇帝たる男のただ一人の妻として、妃という地位は私だけのもの。
責務が付き纏うなら喜んで甘受する、隠されるなら息を潜めていよう。
彼を手にいれて強くなった、彼を守る為に強くなった。
リヒトールの手を取ったのは私の意志、自らが選んだ道、リヒトールの側にいることが全て。
誰よりも欲張りなの、決して誰にも渡しはしない。
「お仕事のじゃまになりますから、リデルを連れてさがりますね。」
シーリアが妃でいるかぎり、リヒトールは皇帝であり続ける。
経済・軍事大国マクレンジー帝国、そこは皇帝を頂点とした幾多の男達が暗躍する国。
シーリアはリデルを連れ、護衛と侍女に守られてマクレンジー帝国王宮を歩んで行く。
2018年5月1日~2018年7月1日 連載62夜62話
7/1文字修正




