エマ・ハリンストン
「エマ、ウィンダール侯爵家に嫁げ。」
「お兄様、何をおっしゃるの、私にはリヒトール様がいらっしゃるわ。」
わかろうとしない妹にいらつきが募る、
「リヒトールには美しい妃がいる、お前が相手にされることはない、お前が皇妃に勝っている点はなにもないんだ。」
メーソン・ノア・ハリンストンは何度目かになるため息をついた。
リヒトールどころか、縁談を打診しても他国の王子はどこも受け入れなかった。普通の姫なら早ければ17、8で結婚している、30歳まで結婚しないのは問題があると思われる。
政略にも使えない姫だということだ。
再婚のウィンダール侯爵にだってやっと話がついたのだ、気位だけが高い姫など面倒なだけだ。
この妹は泥など汚いと触らないだろうな、土は国の礎なのだ。思っても仕方ないのに、あの妃と比べてしまう。
「お兄様まで、私がダメだと言うの。聖女なんて言われて逆上せ上った女なのよ!」
「彼女のことを知らないくせに中傷するな!」
リヒトールでなくともこんな女はイヤだ、妹でなければ捨てている。
エマは危険すぎる、俺の足をすくうことばかりする。血が繋がっていないのに妻にそっくりだ、ワガママで自分の間違いを認めない。
俺を傀儡とする王国議会議長の娘、子供を作ったのは失敗だった議長の駒になった、俺の味方はここにはいない。
父国王が凶器に倒れ、その時14歳の俺には傀儡になるしか道はなかったが今は違う。密かに味方を集め国の情報を集めた、議長の不正の証拠を集めるのは簡単だった。
議会で議長の解任と離婚を申請した俺に半分の議員がついてきた。
王子は王妃の不義ありと、偽造した証拠を出して継承権剥奪をし、妹エマは離宮に隔離して閉じ込めた。
議長の身内優先の人事や不正に、たくさんの貴族が俺に付いた、問題のあるやつもいるがまずは政権を取り戻すことが優先だ。
議長は離婚が成立する前に俺を殺して孫を王として擁立したい、俺は議長を殺して離婚を成立させたい、お互い優秀な暗殺者を手にしたものが勝つ。
そんな中でエマが逃げ出した、議長側が手引きしたらしい。俺はマクレンジー皇帝に、絶縁した妹が議長の手引きでそちらに向かったかもしれないと書状を緊急で送った。皇妃が狙われるかもしれないのだ。
議長はマクレンジーの手練れの者が欲しいのだ、エマを使ってリヒトールから引き出そうとしている。エマが失敗してマクレンジーの怒りを買い、兄の俺が殺される事でもいいと思っているはずだ。
エマがリヒトールに抱かれたのは10年も前の話だ、そんなの覚えてるのはエマと議長だけだ。
不運なことにその時シーリアの側にいた侍女はアンヌであった、アンヌに警護はできない。
シーリアは花を摘みに執務室近くの中庭に来ていた。そこは、執務室からシーリアの姿が確認できるので、リヒトールから許された数少ない庭の一つである。
周りに警護の兵はいたが、侍女に扮したエマに気づくのが遅れた。
侍女の雰囲気が違う事に警護のホフマンが気づいた。同時にエマがシーリアに飛びかかったが、ホフマンの動きが目に入った事で戸惑い、アンヌがシーリアをかばった為に隠し持った短剣はアンヌに刺さった。それでも、アンヌを助けようとするシーリアの髪をつかんだ。
「きゃああああ!!!」
「おまえが!!」エマが叫ぶ。
ホフマンの剣がエマの背中を切り裂いたがエマはシーリアの髪を放さない。
シーリアの悲鳴に執務室から飛び出してきた男達が見たのは、切られた女がシーリアの髪を放さず倒れ落ちるところだった。リヒトールもその男達のなかにいた。
警護の者がシーリアと女を抱きとめ髪をひっぱたまま倒れるのをふせいだ。
駆けつけたリヒトールを認めたエマの髪を掴む手がゆるむ、「リヒトール様。」
リヒトールはエマの手から髪を引き抜くと、エマの顔を力の限り蹴り上げた。
エマの手にはシーリアの千切れた髪が絡まっていた。
それを見たリヒトールはまだかすかに息のあるエマの頭を頭蓋骨が割れる程の力で踏みつけた、血しぶきがはねる。
リヒトールの怒りは凄まじいものだった、シーリアを強く抱きしめ片時も離さず目は血走ってしていた。
「助けてくれて、ありがとう。」シーリアが泣きながら言う、警護もよくやったのはわかってる、だが、許せないのだ。あの女はリヒトール様と言った、私に近づくためにシーリアを傷つけたのだ、殺そうとしたのだ。ホフマンが気づかなければシーリアが刺されていた、アンヌの傷は深く予断を許さない。
王宮の一画で侍女が殺されて侍女服をはぎ取られていた、それを着てエマがシーリアに近づいたらしい。
王宮の奥深く、皇妃の側まで来たことは、警備の交代時間や、多くの侍女での交代勤務など盲点を浮き彫りにした。皇妃には決まった侍女しか付かないのだが、執務室に向かう途中で花を見つけたシーリアが花摘の籠を持ってこさせたのだ、届けに来たのがエマが扮する侍女であった。
ハリンストン王国議会議長が何者かの手によって亡くなったのはそれから直ぐの事だった。
議長さえいなくなれば、烏合の衆の集まりにすぎない。国王は議会を収集し、離婚の成立と王子の廃嫡、新しい王国法の制定に動き出した。
ハリンストン国王メーソンがマクレンジー帝国に条約調印の為にやって来たのは4ヶ月後のことであった。
調印の後、メーソンはリヒトール、シーリアとティールームにいた、この後、夜のレセプションまでの休憩である。
シーリアの側にいる侍女のパトリシアに声をかける、
「そなたが皇妃を守った勇気ある侍女か。」
パトリシアはシーリアに確認すると答えた、
「私ではありません、こちらの侍女がそれになります。」
パトリシアの隣に怪我から復帰したアンヌが立っていた、戦闘もできるパトリシアに比べ、アンヌは小さく、シーリアの側にいるので目立たないが美人で貴族の令嬢そのものの雰囲気をしていた。
「なんとかわいらしい侍女であられる、痛かったであろうに、皇妃の元に戻ってくるとは真の勇者であるな。」
「ありがたきお言葉です。」お茶をいれるアンヌの仕草は洗練されていて美しい。
「どうだろう、俺はまだまだ問題山積みの国の王だが、嫁に来ないか?ちょうど独身なんだ。」
えっ!?
さすがにこれには、リヒトールも12のシーリアに一目惚れしたくせに驚いた。
返事をしたのはシーリアだ。
「是非!」
周りが驚いているが、一番驚いているのはアンヌである。
「アンヌは、私に付いてセルジオ王国から来ました、未知の国に来る勇気も度胸もあります。セルジオ王国のマリッセン子爵のご令嬢です、年は25。結婚適齢期を過ぎて心配してましたの、まだまだ子供も産めます!」
「それは素晴らしい、貴族であるだけで議会の承認は有利になる。」
シーリアとメーソンで話が進んでいく、もう誰にも止められない。
アンヌ・マリッセン、かわいい人は名前もかわいいな、などと言ってる。
「帰国を2日延ばして、その時にはアンヌ嬢を連れ帰りたい。」
「結婚式には参りますわ。」
よかったわね、と、シーリアがアンヌに抱きつくが付いていけないのはアンヌだ。
「あの、」アンヌの言葉は続かない、嫁にはいかないつもりでここに来たのだ、思考が着いていけない。
二人をはがしてシーリアをリヒトールが抱きしめると、アンヌを抱きしめたのはメーソンだ。
「大事にします。」
アンヌの沸点は限界に達した、真っ赤になって湯気がでそうである。
「アンヌと呼んでいいかな? 返事は?」
何の返事だ、と思うが横からシーリアがウンと言うのよとせっついてくる。
「はい。」
思考力が低下しているとこで押しきられてしまった、パトリシアは察した。
情報に愕然としたのは、フェルナンデスとアランだ。
「一体どうなって侍女の子爵令嬢が国王と結婚するんだ。」
「それにリッチモンド王国の新しい王の妃はマクレンジー帝国の事務補佐官だった。」
「あの国は本当に結婚を売っているのか。」
我が身の未来を想像して二人で青い顔を見合わせた、同じことを考えてるらしいと。
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