あやまち
戴冠式が終わっても、バザールの視察などで、すぐに帰国する者ばかりではなかった。
シーリアは戴冠式後、部屋に閉じこもったために一部の賓客から不満が出てた。シーリアへのお茶の誘いが相次いだが、本人に届いてないので返事さえない。
シーリアと一緒のところを見ているためにリヒトールが変わって穏やかになったと思っているらしい、皇妃をしつこくお茶席に誘う事で不評を買っていると気づいてないようだった。
「それはどこの国だ。」
書類を見る手を止めてリヒトールがケインズに聞く。
「キーリエ王国とタッセル王国です。」
何度もシーリアに茶席の招待状を送っていたなと思い出す。
「連合の債務国だな、やはりいらんな。」
シーリアの部屋を探して、王宮住居部に侵入した他国の王族がいたのだ。抵抗したために警備に斬り捨てられた。
キーリエの第2王子とタッセルの第3王子だ、負傷はしたが死ぬほどではない、警備が手加減した。
「国に帰る途中で死ねばいいのにな。手加減する必要はなかったが、彼らの立場ではそうもいくまい。だがよくやった、報奨をだしておけ。」
キーリエとタッセルの王子が皇妃の部屋に侵入しようとして警備に切られたというのは、すぐに広まり、アラン王太子が父国王に書状をしたためると同時に、両国に国交断絶を通達した。
帰国を延ばしたカミーユはリヒトールの執務室に来ていた。
「カミーユ知っていると思うが、キーリエ王国もタッセル王国も我が帝国と領土を接していない。選択肢をやろう。」
知ってるよ、接しているのはルクティリア帝国だよ、選択肢があっても正解は一つしかないくせにとカミーユは嘆いた。
「小型爆弾と強化型病原菌、植物性神経毒どれだ。」
「どれも聞いたことないけど、マクレンジー研究所の新商品かい?」きっと試験場として使うんだと思いながら聞いてみた。
「強化型病原菌はお勧めできないな、伝染病に国境はないからね、治癒薬は渡しておくけど。小型爆弾と神経毒は持ち運びが要注意だな、途中で安全装置が外れると辺りが死んでしまう。」
いやいやアラン王太子がまともな方法だろう。国交断絶して相手の出方を見る、すぐに大量虐殺じゃない、とは思ったが、静かに怒っているリヒトールは怖ろしい、こんなの見たことない。
兄の時であれだ、皇妃を二人がかりで襲おうとしたのかもしれないんだ、王子の命で済むはずない。
「経済制裁は手を打ってあったんだよ、債権の返済期限が過ぎてるからね。3ヶ月後には国がマヒしてるはずだったんだ、私はあまかったな、すでに商会は退いているから全部壊してもいいんだよ。」
一刻も待てないんだね、リヒトールわかるよ、皇妃は何より大事だからね。
でも国民に罪はないんだ、と言えない自分は自国が大事だ。
キーリエ王国の大使館では騎士ジェファーソン・グラックが傷で呻いている第2王子に対面していた。
「何ゆえに皇妃の部屋に。」
侍従が王子の代わりに答えた。
「お茶会に誘った返事がないことに焦れたようです、国の債務の期限が過ぎておりますので何とかしようと思われたのでは。」
マクレンジー商会が手を引いた国元では、物流が滞り、食品不足が出てきた。これから寒期に向かうのに暖房燃料も入ってこない、この戴冠式で謁見を申し込んだが時間がないと断られてる。
王は踏み倒せるとみていたが、マクレンジーに権力は通用しないというのがわかっていない。債務が無くなっても取引が中止されれば国が壊滅状態になる。地方から都市部への農作物の搬送でさえ、マクレンジー商会の流通網を使っているのだ。王子は焦っていたのだ、皇妃の力を借りるしかないのだ。
お茶をして債務の話をしたかった、それだけかもしれない。だが、それだけ危険を犯して侵入まですると、周りはそうとは思わない。お茶は建前で、凶行に及ぶつもりであったと周りは見ている。
もうこの国に逗留はできない、すぐに国に向かうべきだが王子の傷は深く動かせない。
「申し訳ありませんでした。なにとぞ御面会を、国民に罪はないのです、お止できなかった私の命で。」
あれから毎日、ジェファーソンは王宮にきて責任者に面会を求め、王宮の扉の前で膝をついていた。
警備が無理だと返答しても、衆人の目につく扉の前でただ一人で膝をつき謝り続けたのだ。
扉を開けて出てきたのは、側近のダーレンだった。
「貴殿の気骨は好きだが、上がダメだと下が苦労する。それにもう手遅れだ、我が主は決して貴国を許しはしない。」
ジェファーソン・グラックはダーレンに礼をとると駆けだした、手遅れとはどういうことだ。
国元に戻らねば、その気持ちが先走る。
飛び出したジェファーソンを見送りながらダーレンは呟いた。
「我が主も貴殿のようなのが気に入るようです。」
部屋の外のことをリヒトールが規制しているのはわかっている。それでリヒトールが安心するならそれでいいと思っているが、牽制するのも自分の役目と知っている。
シーリアにとってもリヒトールが全てなのだから。
どうすれば、と思いつくままリヒトールに言った。
「キーリエ王国のリンゴはタルトにすると美味しいのよ、今度作ったら食べて欲しいわ。」
「リンゴですか。」
「ちょっと酸っぱくてお菓子にいいの。」
少し考えたようなリヒトールは言った。
「リンゴは輸送に強い果物だから、持ってこさせよう。」
よかった、わかってくれたとシーリアは安心した。
私のためにキーリエ王国が潰されようとしている、王子二人が切られた後、部屋に来たリヒトールの怒りは深く、私を抱き締めて一時も離さないと言わんばかりだった。
「カミーユ、新型小型爆弾で王宮のみを壊すことにしたよ、ルクティリア帝国の通行許可がいる。」
王宮のみって随分譲歩した、地図から無くすかと思ってたよ。
「シーリアが、キーリエ王国のリンゴでタルトを作るらしい。」
皇妃よくやった、これで国民は救われた、他国のこととはいえ安心する。病原菌などばら撒かれたらどうなっていたことか。
リンゴタルトを作るためには、リンゴ農家、つまり国民が必要だからな。
皇妃はリヒトールという巨大爆弾の安全装置でずっといてくれ、と真摯に願うカミーユ皇帝であった。
カミーユも皇帝という地位のため国を長く空けるわけにいかず、帰国となった。そのカミーユの警備に紛れて小型爆弾を持ったマクレンジー帝国兵士の一団がいた。
リヒトールは戦線布告と同時に兵士を派遣したのだ。
「あーあ、これじゃマクレンジー帝国の属国のようだよ。」
誰に言うでもなく、言葉にでる。
あれでキーリエ王国とタッセル王国が潰されるのだと思って違和感を感じる、タッセル王国の話をリヒトールはしなかった、悪寒が走る。
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