クリヨン王国王太子
マクレンジー商会の債務国が、メイプ連合を作った。
我が国も債務に苦しんでいる、利息を払うのでさえやっとだ。冷害で農作物の収穫は減り、外貨収入は減った。
私も王太子として、父王と対策に向かってはいるが、状況はよくない。
収入は減っているのに、国民の救済のために出費が増えるばかりだ、それを借金で補う、債務超過というやつだ。
連合に参加しようかと迷ったが、目指す方向が違うこともあり見送った、借りたものは返すのが当たり前だ。
来年には債務の一部返済時期が迫ってきている、ここで増税は国民に死ねというようなもので、そんなことはできない。王家の出費も削減しているが、元々質素な王家であった。
我が国は、農作物と牧畜が産業の中心で、冷害の影響が長く残っている。
来週にはマクレンジー帝国の戴冠式列席のために出発しようという時期に、マクレンジー帝国から使者がきた。
「パトリック・モローと申します。陛下、王太子殿下にお目通り賜りありがとうございます。
こちらに我が主、リヒトール・マクレンジーよりの書簡をお持ちました。」
まさか戴冠式の案内というわけでもあるまし、十中八九、来年の債務一部返済のことだと直感する。父王から書簡が回ってきて読んだが意味がよくわからない。
「貴殿を統括責任者とするとあるが、説明を願ってよいだろうか。」
「王太子殿下、まず初めに言わせていただきたい。私はこの国で生まれ育ちました。」
パトリック・モローの言葉に何か希望を感じる。
「愛着もあります、だから何とかしたいと思っております。
思ってはおりますが現実になるかはこれからで不確定です。
期待させるようなことを言いましたが、私の国はすでにクリヨン王国ではありません、マクレンジー帝国であり、リヒトール・マクレンジー陛下に忠誠を誓っております。
我が主よりクリヨン王国の再生を命じられました。
そして、誰よりも私はこの国の再生に尽力できると自負しております。」
悪魔だ魔王だと噂されるマクレンジーが助力をくれるとは信じがたかった。
「クリヨン王国に工場を作ります。ここで収益を上げれば税収が増え、雇用が増えると考えております。
ただし、既存の産業では無理があります。今までダメだったのですから、違うことを検討してます。
過去、クリヨン王にお会いした時に、その姿勢に感じるものがあった、とマクレンジー皇帝より言葉を預かってきてます。
工場は立地が重要になり、既存の建物等、支障がでるかもしれません、その点を優遇していただきたい。
関係者の滞在のために、しばらく王宮の一部か兵舎を借り上げたい、その方がクリヨン王国担当者と打ち合わせ等に都合がよいと思われます。ここのマクレンジー帝国大使館では足りない規模の人員投入になります。」
大使館やホテルの滞在より、直接滞在費が国に入ってくるモローの言葉は、この国を思いやるものだと伺われた。
「リヒトール・マクレンジーは情では動きません、勝算があるから動くのです。」
それは、この国が復活できると希望を持てるということだろうか。
直ぐに工場建設のための雇用が増え、マクレンジー帝国から派遣された人間で街に活気が戻ってきた。
活気が出ると街には明るい希望が見えてきた、市民はこぞって協力をした。
薬と化粧水を作るための工場だときいた、それは私達なら見向きもしない雑草の成分が重要だと言う。
誰もの手に届く価格にするための大量栽培に成功し化粧水の加工が始まれば、外貨収入に直結する。
「工場建設に伴い、早急に基幹道路の整備をいたします。後の工場製品の輸送のためですが、直ぐにチーズ等の酪農製品や乾物野菜の搬送に使えるでしょう。マクレンジーの流通網にのせて、輸出いたします。
これで、工場が軌道に乗るまでの債務返済ができると計算してます。」
調査班よりの道路拡張と整備の計画書です、とモローが私に書類を見せた。
「ハムやベーコンなどの畜産物の保存はどれぐらいですか?
輸送日数が短縮になれば、それも輸出できるでしょう。
マクレンジーが一括買い取りをして、工場を作り加工します。」
私は豆農家の出身で、牧場の事はわからないのですよ、とモローが笑う。
豆農家も冷害で被害が大きかった、マクレンジー帝国でどれほどの努力をしてここまで登ってきたのか。そういう人間を受け入れ、見出し、登用するマクレンジーの寛容さを思い知る。
道路工事の為の雇用拡大、農家に収入の希望、新たな産業、わずか1週間で国は大きく変わりつつあった。
これがマクレンジーの力、経済力を基盤に産業を創成する。
マクレンジー皇帝の戴冠式のためにマクレンジー帝国王宮に来た、数か月前にはクーデターがあった面影はどこにもない豪華な宮殿だ。
すぐに皇帝との謁見が許可され、モローと謁見室に赴いた。
モローの手には、我が国では雑草に近い花が大事そうに氷で冷蔵されて持たれてる。
「小さいな。」
当然言われるであろう、決して華やかな花ではない。
「あれを呼んでまいれ。」皇帝が側近に声をかけた。
すぐに噂の皇妃が来た、噂以上の美しさだ、こんな雑草を贈るには引けてしまう。
皇帝が小さな花を皇妃の髪に挿した、いい香りと皇妃がほほ笑んでいる。
「陛下、パトリック、ドナルド王太子殿下ありがとうございます。この花に会えるとは思っておりませんでした。」
「氷漬けで持ってきてます、明日の妃殿下の戴冠の儀では撒くことができますでしょう。わずかな時間しか持ちませんが。」
この花の咲く季節に氷は貴重だ、永久凍土から持ち出して氷室で保管していたもので、大きな塊でさえすぐに溶けてしまう。この小さな雑草にそれほどの準備をしたのかと驚く。
「何故にメイプ連合に参じなかった?」
急に話しかけられて躊躇する、
「信念が違いましたので。」
「父君も筋が通っていたが、よい後継者がいるようだ。」
そう言って皇帝は部屋を出て行かれた。
「私が命も忠誠も懸けたいと願うただ一人の方です。」
モローが皇帝を見送りながら私に言った、リヒトール・マクレンジーの周りにはこういうのが多いんだろうと納得した。
パトリック・モローのような優秀な人間が出ていく国、それが我が国の現実なのだ。パトリックの能力を引き出したのがマクレンジー帝国ならば、敵対するのではなく、見習うべきなのだ。
私は部下達が、このように命を懸けるに値する男に成れるだろうか。
妃殿下の戴冠の儀で、香りのない花と共に大量に撒かれたランカスの花はすぐに萎んでしまったが、ほのかに香る甘い香りが列席の貴婦人達を魅了した。
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