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異世界魔王のダンジョン奮闘記  作者: 敗者のキモチ
異世界ダンジョンは遠い
11/29

神獣の怒り

「ベル、これ、ハンバハ様の‥‥‥」


 傍らでスゥちゃんが呟く。俺は口端を吊り上げてニヤリと笑うと[斥候]を発動して周囲を観察した。ハンバハの気配を探る。


 普段のハンバハなら気配すら消していて俺の[斥候]でも発見できないだろうが、今のハンバハは殺気を放ちまくっている。[斥候]を使っていなくても気配を感じるのだから、場所の特定は容易だ。


「ね、ねぇアンタ! あ、謝るから、謝るから許して!」


 足元で勇者友香が喚くが、無視をする。そもそも謝るべきは俺ではないし謝って許される事でもないと思う。


 まあそれは置いといてハンバハの現在地は‥‥‥見つけた。俺達の、より正確に言えば勇者畑野の真下にいる。それがとてつもない速度で上昇して、確認から数秒後には畑野の足元が爆散していた。


「ゴフェァ!?」


 派手な血飛沫を撒き散らしながら畑野が彼方へ飛んで行く。やべぇなんか爽快。


「な!? 畑野!」


「勇者殿!?」


 リーダーの勇者翔太が驚愕に声を張り上げ、女騎士レイラが叫ぶ。腹黒勇者の金井は一瞬目を見開いたが、すぐに冷静になってその場から距離をとった。


「ボォォオォオオォオ!」


 地面に開いた穴から、殺意の咆哮が響く。翔太が剣を構え直して視線を俺に向けた。


「魔王! 貴様何をした!」


「だから俺じゃないって」


「ふざけるな! お前以外に誰がこんな事をするんだ!」


「そりゃ、神様だろ」


 言い合っている間にもハンバハは穴から這い上がってくる。黄土色の肌をした巨大な牛がその姿を現し、勇者達を睥睨した。


「これは‥‥‥ディヴァイン級? 分が悪いな」


 落ち着いた様子の金井はもう鑑定を使ったのか、そんなことを呟いて、一歩また一歩と後退する。そして静かに三つの魔術を行使した。


「インビジブル、ステルス、サイレント」


 視界から金井の姿が消え、俺の[斥候]からも反応が消える。恐らくそういう魔法なのだろう。だがこの状況でそんな魔術を使うということは‥‥‥


「な!? 金井、逃げる気か!」


 さすがは腹黒勇者。仲間を見捨てることに一瞬の躊躇いもない様だ。だがその程度でハンバハの目を欺けるとは‥‥‥思えないな。


「ボォオオォォオォオォ!」


 ハンバハが吠え、片足で地面を叩く。直後、森の少し奥の方から盛大な爆音と悲鳴が響いてきた。


「他人事ながら、えげつないな」


 ふとそんな言葉が俺の口から出てくる。

 勝利は絶対不可能、逃走も望み薄。なるほどあいつらにとってはまさに絶望的状況だろう。


「まあ、長居する必要はないな、帰るか皆」


 放っておいても奴等は勝手に滅びる。今は何か翔太が斬りかかってるけど、黄土色の肌にその斬撃は通っていない。鼻で笑いたくなるのを堪えながら湖から離れていって────


「ん、ベル。あのヒト捕まえるべき」


 肩に乗ったスゥちゃんが、思い出したようにそんなことを言い出した。

 あのヒトとは、恐らく転がっている友香の事だろう。あれを捕まえて帰ろうというのだ。


「え、スゥちゃん本気?」


 意外といった面持ちでスゥちゃんに目を向ける。


「ん‥‥‥人間達の情報、聞ける」


 つまりスゥちゃんは、コイツを連れて帰って情報を吐かせたい訳か。


 確かにそれは非常に有益な情報だ。それにクエスト[捕虜の有用性]があった筈。クリアできるならしておきたい。だがしかし、それはハンバハの獲物を横取りするようなモノであり、あのハンバハと敵対する可能性すら出てくる訳で‥‥‥


「小僧、オレはもう帰るぞ」


 悩む最中、レイオールがそんな事を言い出す。正直もう俺の安全は確保されているので、彼に用は無い。何も言わずに頷くと、彼は一つ嘶いて、颯爽と駆け去った。


「魔王様、私も捕虜にした方がいいと思いますわ」


 それからすぐに、ウーナがそう言ってきた。俺はウーナに向き直り、その蒼い瞳を覗き込むと理由を尋ねる。


「どうしてそう思う?」


「私達はまだ、戦力としての数が足りないと思いますの。それに今回は勇者が四人も襲撃に来ましたわ。もしかしたら勇者はもっといるかもしれませんし、情報を聞き出すのは必須だと思いましたの」


「なるほど‥‥‥確かに一理あるな」


 俺達の中で戦力として数えられるのは、今のところウーナとディーナのみ、それに彼女達は[ダスラ]という二人で一人の双子精霊なのだ。故にそこまで離れて戦うことは出来ない。正直、戦力はもっと沢山必要だ。勇者の持っている情報もこのまま捨てるのは惜しい、今後の事を案ずるならば捕虜にするのが妥当な判断だろう。


「でも、あいつ従ってくれんのかね? 従ってくれなきゃ戦力にはできないと思うんだが」


「過去の魔王様が得意とした闇魔法の中に隷属魔法があったと思われますが?」


 マジか、そんなのあるんだ。やっぱり魔法は便利だな。今持ってるスキルポイントで取れるかどうかわかんないけど。まあ、できなければ情報聞き出した後に殺せばいい。それだけで俺のレベルアップに貢献される訳だし。


「じゃああの勇者を捕虜にしようと思うが‥‥‥ハンバハは大丈夫か?」


 しかしやはり一番恐いのはあのハンバハの怒りを買う事だ。何と言っても神の怒り。恐ろしい事この上ない。


「それは聞いてみればいいんじゃないかな?」


 俺のチキンな物言いに答えたのは、ディーナ。


「ハンバハにか?」


「それもそうだけど、それ以前にあの子は森のモンスターを殺したのかな?」


「つまり?」


「だって、仮にも人間の女の子が魔物殺しを楽しむようには思えないし」


「ああ‥‥‥なるほど」


 つまり、友香は魔物を殺しておらず、ハンバハの怒りの矛先ではない可能性があるってことか。となるとこのまま放置すればアイツだけ生き残る訳か? それは困る。アイツが生き残ったら俺の情報が人間側に漏洩する事となってしまう。


「じゃあ、それを聞いた上で捕虜にする。ってことでいいか?」


「ん、異議なし」


「異存ありませんわ」


「大丈夫だよ」


 全員の了解を得、俺は再度戦場を見る。しぶといことに翔太はまだ生きていた。だが各部から血を流しているし、死ぬのは時間の問題だろう。それに、背後には気を失っていると思しき女騎士の姿がある。他人を守りながら戦うというのは至難を極める事だ。


 ‥‥‥というか、ハンバハのやつ遊んでるな。絶望を味わわせてから殺すつもりか。めっちゃ怒ってるみたいだな。


 さて本題の友香は‥‥‥まだ無事の様だ。麻痺粉の効果はとうに切れている筈だが。情けなく地面を這っている。腰でも抜けたのか? しかし、あんな無防備なのに何もされてないって事は、友香が森のモンスターを殺していない可能性は高いな。


 翔太に気づかれないように友香の所まで移動する。そして怯えた表情の友香に向けて、俺は宣言した。


「助けてやろうか?」


 その言葉に、恐怖に染まった友香の顔が跳ね上がる。


「でも一つ質問がある。その答えによって、お前を助けるかどうか決める」


「!?」


「いいか、正直に答えろよ? お前はこの森のモンスターを殺したか?」


「‥‥‥こ、殺してない」


「そうか」


 なら、問題はない。なんで殺さなかったかは解らないが。今はそれは問題ではない。


「じゃ、これ飲め」


「え? な、何これ───ング!?」


 捕虜化は決定したので、俺はアイテムボックスから試験管に入った睡眠液を取り出して友香に飲ませる。とりあえずは半分くらいか。


「ちょ‥‥‥と、どういう‥‥こ‥‥‥」


 効果は上々。睡眠薬はしっかり効いてくれた。でももう残り半分しかないから、今度作り足さないとな。


「よっと」


 眠りこくる友香をスゥちゃんとは反対の肩に担いで、今度こそ湖を離れる。さらば翔太そして女騎士、安らかに眠れ。永遠に。


 そして俺は、友香を担いでその場を後にした。

おはようからこんばんわまでどーもです!


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