アメノウズメ
時間軸がほんの少し遡り、視点は彼に戻ります。
もう…全てを一人で終わらそうと思っていた。
戦い続けるのは…俺だけで良い。
俺…だけ?他に…誰か居ただろうか?
ああ、そうか、そう言えば俺の中にたくさん居たな。
俺はその中のどれだっけ?俺の名前は何だっけ?
いや、違う、それらは全部俺だ。
でも、他に…誰かと…一緒に戦ってた気がする。
そもそも俺は戦いたくなんて無いんだ。
そうなってしまったから、そしてこうなってしまったから、戦うしか無かった。
俺は…何で戦ってたんだったかな?
そう言われたから?確か…白い奴に?羽が生えた…天使?仇?分からない。
そう約束したから?確か…シンヤ?そう、シンヤだ。でも、こんな約束だったかな?…いや、間違っていない…はずだ。
でも、俺の中で、「俺」だけはその理由がしっくりと来ないんだ。もっと簡単な理由なはずだった。俺は…もっと単純な人間だったと思うんだ。
そうだ。「俺」はただ…格好つけたかったんだ、格好良い所を見せたかったんだ、格好悪い所を見せて嫌われたく無かったんだ。
「俺」はただ…守りたかったんだ。「俺」の味方になってくれた大事な……誰だっけ。
誰だ?誰だ?誰だ?誰だ?誰だ?
思い出したくて、思い出せなくて、忘れたくなくて、それだけが気掛かりで、それだけがたくさん居る俺の心の中で唯一「俺」だった。
確か、とても可愛かった。見た目も…性格も。
感情がすぐ表に出て、行動は豪快なのに、性格は繊細で。
それでいて、とてもモフモフした毛布の様な…。そう、モフモフしていた。
一緒に寝た事もあった気がする。抱き締めて寝たらいつまでも寝れそうな…。
そう…ちょうどあんな感じの………あん…な?
ぼやけた視界の中で「それ」に必死に焦点を合わせる。
人だ、ふわっとした栗毛でくせ毛の女の子。その頭には獣の様な耳、猫の様だが猫にしてはやや丸みを帯びている。
そしてお尻の方には尻尾が有り、露出した肌には毛皮が生えている様に見えた。
抱き締めて、一緒に寝たくなる様な…モフモフ…。
「マ…ヒル?」
俺の周りにあった靄が少し晴れた様な、「俺」を閉じ込めていた殻に小さな穴が空いた様な、そんな気分だった。
そうだ、名前は…マヒルだ。
「にゃにゃ!?アサヒ!?記憶が戻ったにゃ!?」
アサヒ?そうか、「俺」はアサヒだ。
たくさんの俺の中で、「俺」の姿が輪郭を帯びる。
それと同時に、自分の中に居たたくさんの心の輪郭も見えてきた。これは…モンスター…小魔王達だ。俺が殺してきたたくさんの小魔王達の心。
そして、一人の…黒い服の女の子。銀色の髪が黒い服に掛かり、夜に流れる星を思わせる。夜の空…夜天。ああ、そうだ。こいつの名前はヤテンだ。
ヤテンが俺の頬をそっと撫でる…撫でられた、そんな気がした。そしてヤテンの唇が僅かに動き、俺に囁く
『もう少し…だから』
再び意識が霞むのを感じた。
そして俺の心を捕らえていた殻の様な物が俺の代わりにマヒルと話を続ける。
「……違う!俺の名前はガイア!炎、水、大気、大地、けもっ娘の四大元素をつかさど…ん?なん…だと?俺は…今何を?」
とりあえず、意識が飛ぶ前に一番大事な属性を1つだけ、割り込んで言い足しておいてやった。それが無いと俺じゃないからな。
それにしても、ガイアだったのか、随分と性格が変わったような気がするが…もしかして俺のせいか?
…… …… …
…… …
…
『……起きて、マヒルが…危ない』
ヤテン?
気がついたら俺の手には槍が握られていた。俺の魔法、リビングデッドエクリプス。
灰銀色の剛槍、レアメタルゴーレムのイシガキが宿っている様だ。
全身がタングステンで出来た巨大なゴーレム、イシガキ。この槍はそのイシガキを圧縮して形造られた槍、一度投げれば槍の形をした隕石が降ってくるのに等しい破壊力を生む。
その矛先が向かう先に居るのは…マヒル。
槍は今正に俺の手から放たれようとしていた。
『待て!イシガキ、俺に従え!…そうだ!俺を閉じ込めろ!』
リビングデッドエクリプスは元々俺の魔法だ、どうやら命令権はまだ俺の方が上位だったようだ、イシガキは俺の命令に従ってくれた。
槍は俺の手から離れた瞬間に形を変える、槍はドーム状の小型シェルターへと形を変え俺を拘束する様に包み込む。
イシガキは攻守共に優れたモンスターだ、守りに転じれば鉄壁の要塞となる。
光も空気も遮断され、何も見えない暗闇の中で一人きり。
これで良い、これでもう俺が動く事も、マヒルに危害を加える事も無い。
後は…ガイアに体の主導権を取られる前に…マヒルが去ってくれれば…。
……眠い、瞼が重い、息苦しい。
そろそろ、俺の意識も限界かもしれない。
マヒルはもう俺の事なんて諦めて帰ってくれただろうか?
それは少し寂しいが、マヒルが無事なら…それ…で……。
俺の意識が消えかけたその時だった、大きな鐘の音が鳴り響く。それはまるで眠りそうになっている俺を叩き起こす目覚まし時計の様だった。
何度も、何度も何度も鳴り響く。
その音が俺のシェルターを叩く音だと気付くのに時間は必要無かった。
誰かがこのシェルターを壊そうとしている?誰が?いや…分かっている、俺を見捨てない奴なんて限られている。
もう、見捨てろよ、何回叩くんだ?そもそも何回叩けるんだ?
時折音が止むが、少しするとまた鳴り響く。
このシェルターはタングステンの塊だ、戦車の主砲だって跳ね返す厚みがある。マヒルがいくら頑丈でも、こんなに叩いて腕がもつとは思えない。
思えないが…その時はやってきた。
一際大きな音が鳴り響いた後、シェルターの中に僅かな光が差し込んだ。その僅かな穴を広げる為に、マヒルは更に斧を振る。
差し込んだ光の先にマヒルが居るのが分かる。時折手を休めては紫色に光る小ビンを飲み干すのが見えた。
あれは…エリクサーだ。腕が壊れるまで斧を振り、壊れたらエリクサーで強制的に治している。…いったい何本用意してるんだ。
突然、枯れ木を折る様な乾いた音が鳴る、それはさっきまでのシェルターを叩く金属音とは全く異なる音だった。
それと同時にマヒルの姿が見えなくなり…代わりに聞こえてきたのはマヒルの悲鳴だった。
「んなぁ!にあぁぁ!…ふぅ…ふぅ」
「マヒルさん!腕が折れてるじゃないですか!」
「ヒイリ……エリクサー…早く」
「……分かってます、止めません。でも…」
「…ぅ、けは!…ぐぅ」
「マヒルさん!血まで吐いて…」
「…早く」
「…はい、これ…最後の一本です」
俺なんかの為に…何をしてるんだ、本当はこんなシェルター早く解除してマヒルを止めたい。…でも、解除した後に体の主導権を取られたら…マヒルが死んでしまう。
もう…諦めてくれよ。
「わた…しは!諦めにゃあああ!!」
再び大きな音が鳴り響く。
シェルターに空いた穴は既に亀裂と呼んで良い程に広がっている。マヒルの放った渾身の一撃はその亀裂に戦斧を深く食い込ませた。
亀裂はヒビとなって広がる、そしてとうとう大きな穴となり、その先にはマヒルの笑顔があった。シェルターが…崩落する。
「アサヒ…おはよう」
おはよう?俺の心が目覚めた事に対してか、それとも俺が消えたあの朝からやり直すためか、どっちにしろ言葉の真意は分からなかった。
あるいは、全てひっくるめて出た言葉だったのかもしれない。
「マヒル…ああ…そうか、俺は…今起きたんだな?おは…よう。待たせて…ごめん」
「ねぼすけ…」
「…ごめん、でも、また俺が俺じゃなくなる前に…逃げて欲しい」
「…やあにゃ」
「でも…」
「やにゃあ!」
俺の体にモフモフとした柔らかい毛布が掛かる、もちろんこれが毛布じゃない事くらい分かってる、マヒルだ。あの日、マヒルを抱き締めて寝てしまった時と同じだ。柔らかくて…とても暖かい。
マヒルの顔が近い、目には涙が滲み、頬が赤い。
その顔が更に近付く、マヒルの息は血の匂いがしたけど、気にはならなかった。
マヒルの唇が…そっと俺の唇に触れる…。
そのキスは触れるだけの優しいものだったが、マヒルはいつまでも離れない。
俺も…動けないでいた。そうしている限りは、俺はアサヒのままでいられる気がした。
アメノウズメ(物理)




