28.ルルーシア・ヘイローはまだその覚悟ができていない
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「え……? アルドラーシュ?」
どういうこと?
アリスの婚約相手はアルドラーシュ?
一瞬にして頭が混乱しかけたところで「いやだ、違うわよ!」とカラッと笑うアリスの声が耳に入った。
「どうしてシシリ様になるのよ。あなたあの日シシリ様と一緒にリッシェルダに行ったじゃないの」
「あ、そうよね。……そうだったわ」
そうだ、なぜそんなことにも気づかなかったのか。
アルドラーシュはアリスの代わりに私と一緒にリッシェルダに行ったのだった。
「じゃあ相手って」
「そうそう、ソフェージュ様のほうよ」
「そう、ソフェージュ様……えええっ? あなたソフェージュ様と婚約したの?」
「そうよ~」
私がアリスの婚約相手に驚いていると、アルドラーシュとともにそのソフェージュ様もやってきた。
「ヘイロー、大丈夫だったか? 何か言い争っているようだったけど……ってハリーがどうかした?」
アルドラーシュは私の視線がソフェージュ様に向いていることに気づいた。
「いや、アリスの婚約相手がソフェージュ様だって今知って……」
「え? お前ローリンガムさんと婚約したのか?」
今度はアルドラーシュが驚いてソフェージュ様を見た。
まるで先ほどの私のような反応に笑ってしまう。どうやらアルドラーシュも知らなかったようだ。
「そうそう、昨日正式に決まったんだ。アリステラさんの親友のヘイローさんとはこれから接する機会も増えるだろうからよろしくね」
ソフェージュ様はそう言って私に向かって微笑んだ。
うーん笑顔がキラキラしい。今は私たちしかいないけれど、周りに女生徒がいたら黄色い悲鳴が上がりそうだ。
「アリスも苦労しそうね」
「ん? 何か言った?」
「いえ、なんでもないわ。まだおめでとうって言ってなかったわね。二人ともおめでとう。アリス、ソフェージュ様に迷惑かけちゃ駄目よ?」
好奇心旺盛で物語やお芝居に影響を受けやすいアリスにそう言うと、彼女は「大丈夫よ。私の本性を知った上で婚約したんだもの」と笑った。
ソフェージュ様も、「多少驚きはしたけど退屈しなさそうでいいよね」と笑った。
「次の休みは一緒に劇場に行ってくれることになってるの」
「劇場? また何か新しい演目が始まったの?」
「そうよ! 子爵令嬢の探偵もの」
ああ、少し前からアリスがハマっている物語ねと思っていると、ソフェージュ様が「まるっとすべてお見通しよ、のやつだね」と言った。
「ソフェージュ様も知ってるんですか?」
あれは主に女性が好む大衆向けものだったはず。
もしかしてアリスに教えられたのだろうか。彼女にあれらを語らせると事細かに良さを教えてくれるからとても時間がかかる。
大変だっただろうなと思っていると予想外の言葉が出てきた。
「母と姉のお気に入りの物語でね」
「まあ」
侯爵夫人も意外と庶民的なものを読んだりするのだなと驚いたけれど、趣味趣向は人それぞれ。
むしろアリスがソフェージュ侯爵家の方々と仲良くやれそうで安心した。
「良かったわね、アリス」
「本当にね。こんな近くに分かち合える人がいたなんて」
ふふっと笑うアリスは本当に嬉しそうだ。
「ルルはどうするの?」
「え? 何が?」
「休みの日はまたスイーツ巡り?」
「えっと……」
「ヘイローは俺と約束があるから」
私が答える前に隣にいた人物が答えた。
声の主はもちろんアルドラーシュ。彼はとても良い笑顔で私に「だよね?」と聞いてきた。
「……そうね」
なぜだろう。笑顔なのにものすごい圧を感じる。
私も負けじと笑顔で返す。
(なによ! そんな顔しなくても逃げたりしないったら!)
そんな私たちのやりとりを見ていたソフェージュ様が「おいおい」と苦笑を零した。
「アル、あまり追いすぎると逃げられてしまうぞ?」
「いいんだ。ヘイローはこれくらい攻めて行かないと無かったことにされそうだから」
「そうよねぇ。シシリ様頑張ってくださいね。ルルが逃げ出さないように私も協力しますから。とは言っても本気で嫌がっていたらルルの味方しますけど」
「ありがとう。そうならないように努めるよ」
「……」
三人のやりとりに眉を顰めていた私にソフェージュ様が気がついた。
「あ、ごめんね。僕も大体のことはアルから聞いてるんだ、というよりアルの気持ちをずっと前から知ってるって言ったほうが正しいかな」
「ずっと前?」
「うん。ヘイローさんは驚いたかもしれないけど、僕からしたらやっと言ったかって感じなんだよね」
ソフェージ様の言葉にアルドラーシュを見れば、彼は視線をスッと逸らした。その耳はわずかに赤くなっている。
「大丈夫だ。ハリーにしか言ってない。言っていいなら言うけど。昨日の黒髪の男が俺だってことも言ってもいい」
「ちょっ……声が大きい! なんでよ! やめなさいよ!」
そんなことをした本当に逃げ道が無くなるではないか。
あまりにも馬鹿なことを言うものだから、小声で怒鳴るという器用なことをしてしまった。
アルドラーシュ・シシリから想いを寄せられているなどと知られては、気持ちを受け取れば羨ましがられ、嫉妬され妬まれるだろう。
受け取らなければ、それはそれでお前ごときが断るだなんて生意気だとか何様のつもりだと妬まれるだろう。
(ちょっと待って。結局どちらに転んでも妬まれるんじゃないの?)
危ない。怖い。
なんの覚悟もないままにそんなことの渦中に放り込まれてはたまったものじゃない。
いや、覚悟していたら良いって話でもないのだけれど。
「……本当にやめなさいよ?」
釘を刺すようにじろりとアルドラーシュを睨んで言えば、彼は「わかってるって」と苦笑を浮かべた。
「けどさっきみたいのや、あまりひどいことを言ってくる人がいるなら教えてくれよ?」
「大丈夫よ。あんなの大したことじゃないから」
アルドラーシュは自分がかかわっているということもあってかやたらと心配しているようだけれど、本当になんともない。
アリスが「さっきみたいに返り討ちにするのも楽しそうね」と言うと、アルドラーシュとソフェージュ様は二人揃って苦笑を浮かべ、「程々にしておけよ」と溜め息を吐いた。
人に攻撃を仕掛けるなら自分も攻撃される覚悟を持てというものだと思ったけれど、それを言うとまた溜息を吐かれそうだったので笑顔で頷いておいた。
そんなことがあってから数日間、何人かに噂は本当かと直接聞かれることがあった。
同級生の男子生徒だったり、女子生徒だったり、一学年上の男子生徒だったり、後輩の男子生徒だったり。
そんなに私に馬車で送迎してくれるような男性がいることが不思議なのだろうか。
「失礼じゃない?」と愚痴を言うと、「え? それ本気で言ってる?」アリス、アルドラーシュ、ソフェージュ様の三人に呆れたように言われた。
いったいなんだと言うのだ。本気も何もおかしなことなど言っていないと思うのだけれど。
「ヘイローさんってこんなに鈍感な子だったんだ」
「ちょっと、ソフェージュ様?」
聞き捨てならんと睨めば「だって、ねえ?」とアリスとアルドラーシュに視線を向ける。
「だから言っただろう」
「これがルルなのよ、ハロルド様」
さもありなんといった様子で頷く二人。
この数日で私たち四人は一緒に行動することが多くなった。
一番の理由はアリスとソフェージュ様が婚約して一緒にいることが増えたから。
そしてそれに便乗してアルドラーシュがやってくるからだ。
彼曰く、「元々ハリーとは一緒に行動することが多かったから、俺がここにいても不思議はない」ということらしい。
違和感なく私と一緒にいられるとアルドラーシュが言うので、婚約したての二人の邪魔をしたくないから離れると私は言った。
けれどその言は実行されることはなかった。
なぜならソフェージュ様とアリスが、自分たちに付いてくる邪魔なアルドラーシュの相手をしてくれないと困るという理由で毎回引っ張っていかれるのだ。
そして結局四人でお喋りをしている。
今も食堂の一角にある四人掛けの席で仲良くお茶を飲んでいる。
まあ楽しいから別にいいのだけれど。
「ヘイローさん本当に気付いてないの?」
「何がですか?」
いったいなんのことだろうと首を傾げればソフェージュ様は苦笑いを浮かべた。
「少なくとも噂を確認しに来た男たちはヘイローさんに気があるんじゃないかな?」
「……はい?」
そんな訳ないでしょうに。
アルドラーシュだけでも驚きなのに、他の男子生徒も?
一応少しは考えてみたが、考えたところで私の答えは「ない」だった。
「ソフェージュ様もそんな冗談言ったりするんですね。アリスならまだしも私に限ってそんなことありませんよ」
「いや、冗談じゃないんだけど……ええ? どうしてそんなに頑ななんだい? アルだってヘイローさんのこと好いているじゃないか」
ソフェージュ様がとんでもないことを口にしたので、私は慌てて周りの様子を確認する。
良かった。誰にも今の発言は聞かれていないようだ。
「ソフェージュ様、こんな所で迂闊な発言は控えてください」
ソフェージュ様がアルドラーシュのことをアルと呼んでいることはみんなが知っている。それなのに私のことを好いているなんて発言を聞かれたらどうなってしまうことやら。
本当に気をつけてほしい。
「……シシリが特殊なだけですから」
「そんなことないと思うけどなあ。僕だってヘイローさんは可愛いと思うよ?」
「ハリー」
私のことを可愛いと言ったソフェージュ様をアルドラーシュがじろっと睨んだ。
「うわ、こわっ! 僕はあくまでも一般論を述べただけだよ。アリステラもそう思うだろ?」
「ええ。ルルは可愛いわ。でも仕方ないのよ。根深ーいトラウマを抱えてるんだもの」
「トラウマ?」
トラウマとはなんだというような視線をソフェージュ様が向けてくる。
隠しているわけでもないから言っても良いのだけれど、説明するのが面倒なのでアリスに丸投げすることにした。
「幼い頃にいろいろあって。詳しくはアリスから聞いてください」
「全部あの馬鹿ハロルドのせいよ」
「……え?」
ソフェージュ様はアリスの言葉に驚き、そしてハッとしたように「ごめん」と口にした。
初めは何について謝られているのかわからなかったのだけれど、そういえばこの方もハロルドという名前だったなと思い出した。
「あ、いえ。ソフェージュ様のことじゃないですよ」
「え? でも」
「アリス、何も知らないソフェージュ様に今の言葉は誤解を与えるわ」
「あら、そうね。ごめんなさい、ハロルド様」
「いや……」
その後なんとなく気まずい空気になってしまい、早々に解散となった。
こちらのハロルド様はいい人なのに、ハロルド違いで嫌な思いをさせてしまい申し訳ない気持ちになった。
暖かくなってきて花粉が飛びまくってますね。
私の目はムスカ状態です(><。)w
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