71 浩二の告白 その4
私はふるふると首を振った。
「違う・・・そんなことない」
「麻美は自分をわかってないよな。真面目で融通が利かなくて頑固で、そんな麻美が気持ちのない相手に甘えるわけないだろう。本当に嫌ならいまこうして俺の腕の中にいるわけないのだから」
(甘えて・・・いたの、私は・・・)
下平さんの手が背中に移動して撫で始めた。
「さっき麻美は何を考えた」
「さっきっていつ?」
「結婚式場に向かう時」
「えっ?」
(あの時は、結婚をするのなら時期はいつがいいか聞かれて、桜が咲く季節と答えて・・・。ついでに山本さんとした約束を思い出して・・・)
下平さんから視線を外して立ち上がって離れようと思った。もちろん下平さんはそれを許してくれなかった。体を離すようにしたら途端に抱きすくめられた。
「麻美は答えずに俺から離れるのか」
「違うの。この体勢だと考えが纏まらないから」
腕を下平さんの胸に置いて体を引き離そうとした。
「そうやって言い訳をして俺から離れて逃げるんだ。そんなにも言いたくないことを考えたのか」
顎を掴まれたと思ったら、噛みつくような口づけをされた。苛立ちをぶつけるような口づけに、下平さんが怒っているのだと思った。確かに自分のことで手一杯で、下平さんと向き合おうとしていなかったと思う。
(けど、まだひと月も経っていない・・・)
そこまで考えて、ああ、これが言い訳なんだと、すとんと胸に落ちてきた。ここまで思われて女冥利に尽きるとは思う。だけど・・・。
下平さんが唇を離して、息が上がっている私を凭れ掛からせるようにして言った。
「麻美が納得できる理由をあげようか」
背中に回った手がワンピースのファスナーを下ろした。腕から袖を引き抜かれてしまい、剥き出しの肩や下着が彼の目にさらされた。床に押し倒されて彼が覆いかぶさってきた。また口づけをされて呼吸を奪われて・・・。
(駄目。こんなのは違う。彼に・・・浩二さんに後悔をさせることはさせちゃいけない。・・・でも、じゃあ、どうするの。どうすればいい)
思考を奪うような口づけに抗う様に考えていた。けど、涙が溢れて体が震えてくる。彼の唇が離れて首のほうに移動した。
「・・・こわい」
やっと口から洩れた言葉はこれだった。本当はもっと違う言葉を言いたいのに、歯の根が合わないほど震えてしまい、私は目をぎゅっと瞑った。
(こわい、怖い、恐い。さっき浩二さんに言われるまで、考えてなかった。気付いてなかった。婿に入ることの意味を。浩二さんの人生を変えてしまうじゃない。ここまで真剣に思われる価値なんて私にはないのに。私は同じように気持ちを返せる自信はない。・・・って、なーんだ。浩二さんがいうとおりに、私もとっくに好きになっていたんじゃない。・・・なんでこういつも、気づくのが遅いのかな。私は)
目を閉じたまま涙を流していたら、掬いあげられるように抱きしめられた。
「ごめん、麻美。怖がらせるつもりはなかったんだ。麻美に自分の気持ちに気付いてもらって、俺の事をちゃんと見て欲しかっただけなんだ」
「ひっく・・・ひっく・・・」
言葉を言おうとして、しゃっくりあげすぎて、言葉にならなかった。背中をあやすようにやさしく撫でられて、逆に安心して涙が溢れてきた。しばらくは泣き止むことができなかったの。
◇
涙が出るのが止まったところで、服を直された。そして浩二さんが離れていこうとするから、彼の服を掴んで止めた。
「麻美、手を離してくれないか。水分補強をしたほうがいいだろう。水を持ってくるから」
私は首をふるふると振った。
「そんなことしてもらう、資格はないもの」
私の言葉に浩二さんの眉間にしわがよった。
「麻美、まだわからなかったのか」
「だって・・・そこまで想われるわけないもの。私なんか、私なんか・・・」
また、じわりと涙が滲んできた。溜め息を吐いた浩二さんに抱えられるように抱きしめられた。胸に凭れ掛からされて、彼の服をギュッと握りしめた。私の頭を撫でながらもう一度溜め息を吐きだす彼。
「麻美はどうしてそう自己評価が低いんだろな」
「だって、私なんかを好きになる人なんていないもの」
呟くように言ったら、ぎゅうっと抱きしめられた。
「麻美、それは俺と元彼に失礼だぞ」
「あっ・・・ごめんなさい」
しゅんと項垂れたら、また頭を撫でられた。
「それにしても、どうしてそんなに自信がないんだ。普通にかわいいのに。告白されたことぐらいあるだろう」
「・・・えーと、1人だけ」
「1人だけ? 元彼が初めてなのか」
「・・・それ以外で1人だけなの」
小声で答えたら、意外そうに訊かれた。
「その人とはつき合わなかったのか」
「えーと、つき合う以前に対象外の相手だったから」
「対象外? どうして」
「その、中学の部活の後輩で、なぜか私のことを好きになってくれたのよね。でも、私は恋愛対象には見れなくて・・・。でも、後輩以外には告白されたことはないもの」
後輩にも悪いことをしたとは思う。山本さんとつき合うまで定期的に会いに来てくれていたのに。
浩二さんがまた溜め息を吐いた。
「どうしてそこで『なぜか』なんて言葉が入るんだよ。純粋に好意を向けられたんだろ。普通なら喜ぶだろ」
「だって、好きになってもらっても、私は後輩としか思えなかったもの」
私の返事にまたまた浩二さんの溜め息が聞こえてきたのでした。




