229 私の誕生日 その1
浩二さんが連れて行ってくれたのは、四川系の中華料理店。ラーメン屋さんでよかったのにと思いながらも、本格的な中華料理店は二度目なので、ついお店の中をキョロキョロと見回してしまった。そんな私の様子に浩二さんは苦笑を浮かべてみていた。
「それで何にする。本当にラーメンでいいのかな」
「・・・それってずるくない。こんなお店に連れてきておいて、ラーメン以外の料理に目がいくに決まっているでしょう」
メニュー越しに軽く浩二さんのことを睨む。浩二さんは笑顔を見せて私に言った。
「ひどいのは麻美だと思うけど。誕生日なのにラーメン屋でいいだなんて。祝わせてくれる気はないのかな」
その言葉に「あっ!」となった。朝には今日が誕生だと覚えていたのだけど、生理痛の痛みとパスポートを作りにいくことの方が重要で、すっかり忘れていた。
「えーと、その、ごめんなさい」
「別にいいよ。今日はパスポートの申請が一番の目的だったのは確かだしね。それよりどうする。ランチセットにするかい」
ランチセットの種類を見て少し考える。そしてメニュー越しにまた浩二さんを見つめた。
「Bセットにしてもいいかな」
「もちろん。メインはどれを選ぶんだい」
「エビチリで」
「わかった」
店員を呼んで浩二さんが注文をしてくれた。デザートもゴマ団子、桃まん、杏仁豆腐から選べたので、私は杏仁豆腐にした。浩二さんはAセットを頼んでいた。デザートは桃まんを選んでいたの。
店員がいなくなって二人きりになると、なんとなく落ち着かない気分になった。というのも、私達がいる部屋は完全な個室だったから。個室を使うだなんて、特別料金を取られそうで怖いのだ。それにランチ以外の料理の値段も、落ち着かない気持ちにさせるものだった。
なんでこんなに高いのよ!
前に中華料理店に行った時のことを思い出してみる。・・・うん、参考にならないね。
はじめての本格的な中華料理店は横浜の中華街でだった。それもあの時は特殊な状況だったから、参考にならないの。
専門学校に通っていた時に横浜から通っていた同級生がいて、その彼があぶ刑事のファンだったんだよね。私も好きだったから、そのことで話が合ったのよ。エンディングで流れるあの場所に行ってみたいと話したら、休みの日に付き合ってくれたの。その流れで昼食を中華街で食べることになって・・・。
連れていかれた店を見て腰が引けたのよ。先に予約してあったとかで、完全にお任せだったな~。美味しかったけど・・・美味しかったんだけど、何を食べたのか覚えてない!
ということはないけど、あのあと支払いでもめたのよ。彼は渡そうとしたお金を受け取ってくれなかったの。
あのお店は彼の友人の家で、小さい時からなじみだったと言っていた。自分の家は料理屋じゃないけど、友人の親父さんの料理を作る姿に憧れて料理人になろうと思ったと、語っていた。今は他の店で修業しているけど、いつかはあのお店で働きたいと言ったのね。
だからお店の支払いは任せて、あとで渡そうとしたのよ。
でも、今このメニューをみて考えると、あれっていくらしたわけ? 確か小さめだと思うけど、フカヒレもあったよね。フクロダケとアワビのオイスターソース炒めとか、なんか聞きなれない名前の料理がもう二つあった気がする。もちろんエビチリやチャーハンもあったけどさ。
友達に無理をさせたんじゃないかと、今更ながらに冷や汗が出てきた。
「どうかしたのかい、麻美」
たぶん顔色を悪くしているだろう私に、気遣うように浩二さんが声をかけてきた。
「ねえ浩二さん、この店ってお高いよね」
「いや、これくらい普通だと思うぞ」
「ええっ! 本格的な中華料理店ってこんなに高いの~!」
「いやいや。この店はまだリーズナブルだって。高級店なら一皿1万円以上の料理もあるはずだぞ」
浩二さんの言葉に私は目を見開いた。一皿2千円くらいの料理はリーズナブルだったなんて。本当に今更だけどなんてことをしていたのだろう。
そこに料理が運ばれてきたから、「いただきます」を言って食べだした。ちなみに浩二さんが頼んだのは酢豚です。AセットとBセットの違いは餃子がつくか焼売がつくかなんだよね。
「それで何を落ち込んでいるのかな」
浩二さんとお互いの料理のシェアしながら食べていたら、聞かれたのよね。だから専門学校に通っていたころの友達と、横浜で遊んだ時のことを話したのよ。
「そんなに中華料理が高いと思わなかったの。知っていたら絶対に自分の分は払ったのに!」
と言ったら、何故か浩二さんに憐れむような目で見られてしまった。
「えーと、その彼? も、男のプライドがあったんじゃないかな。知り合いの店だったら、尚更いい恰好したかったんだろ」
「うん、そうかなって思ったから、お店を出て少し離れたところで、自分の分を払うと言ったのよ。でも、どうしても受け取ってくれなかったのよ」
「それで、麻美はどうしたんだい。何かお礼を渡したんじゃないのか」
「そうなのよ。たまたますぐが彼の誕生日だったから、少し奮発してカシミアのマフラーをプレゼントしたの」
「ふ~ん」
と言った後、しばらく浩二さんは黙っていた。私は話したいことは話したからと、残りの料理を食べてしまおうと食事に専念したの。
「ところで、その彼とは付き合わなかったのかい」
「へっ? えっと、なんで? 私達はそんな関係じゃなかったよ。同じ調理師を目指す同志って感じだったもの。あっ、ついでにあぶ刑事ファンの同士でもあったかな。恋愛の要素なんてないでしょう」
そう答えたら、何故か深々とため息を吐かれてしまったのよね。
なんか、解せぬけど?




