199 ついでに兄が思い出したこと
「そこは置いておこうな。きっと案ずるよりも産むがやすしだと思うし」
いや、置いておいてどうなるものでもないだろうと私は思ったけど、そこは突っ込まないでおくことにした。
「ところでさっき言っていたお前の友人。その子ってもしかしたらガンダム好きな子じゃなかったかい」
「覚えていたの」
「覚えていたんじゃなくて思い出したんだ。部長になってしばらくした時に、顧問の深澤先生から言われたからね」
「深澤先生から? なんで? りっちゃんの担任じゃなかったよね」
兄は少し気まずそうにして、息を吐き出してから行った。
「麻美じゃないけど、もう時効だよな。えーと、小菅さんだったよね、その子。深澤先生も職員会議で通達されたから、私に部活に行った時に注意して見てくれと言ってきたんだが・・・」
なんか奥歯にものが挟まったように、すっきりとしない言い方に嫌な予感がしてきた。大体先生が部長の兄に気に掛けるように頼むということは・・・。
「彼女は母子家庭だったよね。学校側には頼れる親戚はいないと言っていたらしいんだ。それで、彼女の母親は夏休みに入院して手術をうけたそうだ。仕事に復帰したけど、体調があまり思わしくなかったらしい。転校になったいきさつは麻美が聞いた通りだろうけどな」
「えっと、待って。職員会議で話題になるってことは、りっちゃんのお母さんってそんなに悪かったの」
兄は沈痛な顔をしている。ということは、中1のあの時にりっちゃんは、いつお母さんを亡くすのかという恐怖と戦っていたの?
「たまに部活に行くとお前と小菅さんが笑って話している姿を見ていたんだ。それを深澤先生に話すと安心した顔をしていたんだよ」
「りっちゃんは・・・無理して笑っていたんじゃないのかな」
俯いてしまった私の頭に兄の手が乗った。ポンポンと叩いてすぐに離れたけど。
「そんなことはないだろう。人間は気持ちが押しつぶされそうになった時には笑えないものだ。小菅さんも麻美と好きなものの話をしている時は、不安を忘れていられたんじゃないかな。だいたい隣の学区とはいえ、転校した後も連絡を取り合うくらいだろう。麻美といるのが、楽しかったんだよ」
「そうだといいんだけど」
浮かんできたのがりっちゃんの笑顔で、私はなんとなくホッとした。そうよ。最後に会った時も笑っていたじゃない。そして、またいつか会おうって、約束もしたじゃない。それに東京と静岡ならそんなに離れているわけじゃないもの。日帰りで十分会いに行けるじゃない。
「よし」
「何がよしなんだい」
気合を入れたら、口から言葉が出てしまった。なので、私は兄に笑顔を見せた。
「ううん。なんでもないよ。もう10年以上前のことだものね。りっちゃんもアニメーターになって頑張っているもの。いまさらくよくよしたってしょうがないもんね」
「ああ、そうだな。・・・って、小菅さんはアニメーターになったのか」
「そうよ~。えーと武蔵野の方、だったかな。あまり大きくないアニメ制作会社に入ったのよ。大変みたいだけど、楽しそうだったな~」
「それならよかったな。前向きに頑張っているんだな」
兄も目を細めて東京のほうに目を向けた。兄なりに思うところはあったらしい。
ふと、私はさっき思い出したことが気になってきた。あのイラストは兄も見ていたと思うから、聞いたら覚えているかもしれない。
「ねえ、兄さん、中学の頃のアニメ雑誌のことって覚えてる?」
「アニメ雑誌? 麻美が聞きたいことにもよるかな」
「あのさあ、ガンダムのセイラさんを描いたイラストなんだけど」
「投稿イラストかー。あれはただのイラストを描くより、ネタに走ってくれた方が楽しめたよな」
兄の返事に少し期待感が高まる。
「じゃあさ、炊飯ジャーのネタのやつって覚えてない?」
「炊飯ジャー? ガンダムネタで? ・・・ん? ちょっと待てよ」
そういうと兄は立ち上がり台所を出て行った。2階に向かうのを見て私もついて行った。本などを置いている部屋に入ると押し入れを開けて、何かを探す兄。
「あった。たぶんこの中に。・・・ああ、これだな」
兄が手に持ったのは紙袋。その中に入っていた物の中からアニメ雑誌を取り出して、私に表紙を見せてきた。表紙のイラストから私たちが中高校生の頃の物だろうと判断できた。そしてページをめくった兄は読者からの投稿コーナーのページを開いて、私に見せてきたのよ。
「麻美が言ってたのは、これだろう」
指さした先には、私が思い出したそのままのイラストが描かれていた。シャアのマスク型の炊飯ジャーとしゃもじを持って嬉しそうにしているセイラさん。そして、私が思い出せなかった言葉も。
『ご飯がザクザク炊けました。
お腹もグフグフいってます。
セイラ、いただきマス!
新商品 炊飯シャア!』
「そう、これ! ええっ~、どうしてこの雑誌がここにあるの」
雑誌から顔を上げて兄のことを見たら、兄は苦笑いを浮かべていた。
「それがさ、大学に合格して荷造りした時に、間違って入れたみたいでさ。ノートの下にこれを見つけた時には驚いたんだ。本当は就職した時に捨ててこようと思ったけど、この雑誌は麻美が買ったものだろう。勝手に捨てるわけにはいかないと思って、家に置いておいたんだよ」
いかにも私のため的に言っているけど、ここは突っ込んでおいたほうがいいよね。
「ふ~ん、それはいいんだけどさ、じゃあ、なんで今まで黙っていたの」
「・・・」
「つまり忘れていたのね」
「・・・忘れていたっていいじゃないか。お兄ちゃんはここに住んでいないんだぞ」
「まあ、そうね」
「それに、とっておいたから見れるんじゃないか」
この後は兄と二人、雑誌を見ながらアニメ談議に花を咲かせたのでした。




