七十八話 太古の破壊者メビウス⑧
メビウスが魔力結晶の尾でオーテムを薙ぎ払いながら接近してきて、ヒディム・マギメタルの盾に魔力結晶の爪を突き立てた。
表面に大きな傷が入るが、こんなものはすぐに修復できる。
メビウスは尾を撓ませて俺の盾を掻い潜らせようと狙いをつけるが、背後から迫るオーテムに気が付いてそちらへと目標を変えた。
「ちまちまと、小賢しく戦いおって! 正々堂々と勝負せんかぁ!」
メビウスがオーテムを薙ぎ払おうとしたとき、俺は杖を振り上げた。
メビウスの身体の上下が入れ替わり、宙へと跳ね上げられる。
「むぐぁっ! こ、これは……!」
「掛かったな! ヒディム・マギメタルの、極細のワイヤーだ!」
メビウスが攻撃に出てきた際に、奴の爪にヒディム・マギメタルを張り付けておいたのだ。
抵抗されれば容易く千切られていただろうが、オーテムに意識が逸れた隙を突かせてもらった。
これも何度も使える手ではないので、ここで一気に決める。
「ぐっ! ভাঙাগরূৎ!」
メビウスが詠唱を始めた。
魔法陣の光が展開された。
態勢を崩した隙を、全体防御と広範囲攻撃で誤魔化すつもりらしい。
「その魔術はもう、何回も見てるんだよ!」
俺は杖を横に一閃した。
メビウスの魔法陣の術式の一部が反転し、輝きを失った。
「な、なんじゃと!?」
これでもう、『破壊の翼』は八回目だ。
メビウスの魔法陣は展開も早く、暗号化も難解であったため容易く崩せるものではなかったが、こう何回も見ていれば、使うタイミングや魔法陣を浮かべる場所の癖も見えて来る。
後は読みさえ通せば、妨害することは不可能ではない。
大量の魔法陣を浮かべる魔弾とは違い妨害は遥かに困難ではあったが、だからこそメビウスにも油断があった。
「悪い、メア!」
飛び交う十二のオーテムが、メビウスの身体を殴打した。
腕に纏った魔力結晶のグローブ『悪魔の鉤爪』と、魔力結晶の塊の鞭であった『魔竜の尾』が砕け散り、メビウスが弾き飛ばされた。
「があっ! ぐ、ぐぅ……まさか、この我が、人間との一対一の戦いで、不覚を取るとはの……。じゃが、次はない……! 認めよう、お前相手に我は、油断が過ぎていたらしい。ここからは、全力で行くぞ……」
「そうだな、次はない。これで終わらせてもらうぞ」
俺は杖を振るい、大きな魔法陣を浮かべる。
「な、何を、世迷言を……!」
メビウスからすれば、確かにそう映っただろう。
だが、俺がこれまでまともに決定打を取らなかったのは、メビウスとその背後で余裕ぶっこいているシェイムに油断したままでいてもらうためだ。
「পিশাচ শান্তি!」
「その魔術は、出力が弱すぎて我には届かぬと言ったであろうが!」
メビウスが笑う。
だが、奥に立つシェイムの顔が真っ青になっていた。
「ま、まさか……!」
広間に広がる、百を超える数のオーテムの残骸達が、がくがくと口を動かし、俺の詠唱に続いた。
「「「「পিশাচ শান্তি」」」」
百を超える数の魔法陣が、所狭しと展開されていく。
これぞオーテムコールの完成版、オーテムコーラスである。
メビウスの表情が失せた。
「な、なんじゃこれは……こんな数の魔法陣の並行展開など、あり得ない! こんなっ!」
メビウスは散々、二十の魔法陣を並行展開できるのは自分だけだと、だから規格外なのだと息巻いていた。
俺もそれに合わせて、わざわざとちまちまオーテムの転移魔術を十二に合わせておいてやったのだ。
「俺の魔術じゃ出力が低すぎて、百倍にでもしないと意味がないんだったか? これなら問題ないな」
出力を引き上げれば余波でメアの肉体を消滅させてしまいかねない。
だが、百の魔術を一点に結んで当てれば、魔力の余波による弊害を抑えながら憑依しているメビウスの撃退を行うことができる。
地球でいうレーザー治療の集光のようなものだ。
位置取りも完璧だ。
戦いながらオーテムの残骸を上手く円を描くように配置し、最後には油断したメビウスをその中心点に叩きつけた。
この魔術でメビウスに対して効果があることは、戦いの途中で単発で放った際に確認済みだ。
全ては、メビウスとシェイムを油断させたまま、一手で盤面をひっくり返すための策略だ。
途中で喚いたのも、感情的になっていることのアピールである。
俺だって勝ち目がなければ、とっととシェイムに頭を下げて次の作戦を練っている。
「や、やめよ! 杖を下げよ! 杖を! 我は、我はようやく、月から地上へ降りて来たのだ! 気の長い馬鹿精霊に合わせて、一万年もだ! 我は、我は、これからなのじゃ、こんな……! わ、わかった! 今やめれば、お前に付き従ってやろう! 我を従えれば、ドゥーム族の者も全員奴隷にしたも同然であるぞ! 奴らは使い道がある。どうじゃ? お前にとっても悪い話では……」
メビウスが吠える。
「知ったことかクソババア! 孫の身体乗っ取って大燥ぎしやがって! とっとと成仏しやがれ!」
俺は杖を振り下ろした。
百を超える光弾が放たれ、メビウスを滅多打ちにした。
メビウスが光に包まれ、断末魔の悲鳴を上げた。
光が晴れると、メビウスが――いや、今度こそメアが、その場で仰向けになって倒れていた。
俺はその横に立って屈んでメアの身体を確認し、安堵の息を吐いた。
「外傷は……特になさそうだな。よかった……」
メアが目を開け、呆然としたような顔で俺を見る。
「ア、アベル、何が……?」
シェイムは呆然と立ち尽くしたまま俺を見ていた。
「う、嘘……こんな、こと……」
――そのとき、周囲の空気が一変した。
重々しい空気が辺りに圧し掛かる。
『これで終わったと思うなよ……アベル。我は、再び月にて眠り、その小娘の身体を狙うまでじゃ……』
悪魔の思念話に近いが、少しばかり原理が異なる様に思う。
この声はメビウスのものだろう。
『仮にお前がその小娘に何らかの対策を取ったとしても、また五百年後……赤石が生まれれば、そやつの身体をもらい受けるまでよ。そのときこそ、我が子孫を兵に世界を破滅へと導くまでよ。その頃には、もうお前もおるまい。最後に笑うのはこの我よ……その小娘の一族と、この世界に安寧はな……』
「余裕ぶっこいて、負け惜しみほざいてる場合か?」
俺の言葉と同時に、周囲に散らばったオーテムの残骸達が光を帯びていく。
外側のオーテムの放つ光が線で結ばれ、大きな光輪ができあがった。
『こ、これは、結界じゃと……?』
メビウスの魂を月へ逃がさないための結界だ。
これがオーテムをばら撒いた二つ目の理由である。
メビウスとシェイムに勘付かれないように、メビウスをここに留める結界の下準備を行う必要があった。
広間の中央に、黒い影が浮かび上がった。
靄が人の輪郭を成している。
「そこにいたのか」
俺は横に落ちていたオーテムを拾い上げ、地面に叩きつけた。
魔法陣が広がる。
『お前、何を……!』
「সীল」
空気中に渦が巻き、黒い靄がオーテムへと吸い込まれていく。
『あ、あああ、あああああああああああああああああ!! お前、何を、何をしてくれたのじゃああああああっ!』
メビウスの悲鳴が聞こえた。
ガタガタと激しくオーテムが揺れていたが、踏みつけると動きが止まった。
「まさか……あれだけ馬鹿みたいに大っぴらに話していたのに、何の対策もしていないと思っていたのか?」
元々マーレン族は、精霊の扱いに長けた部族だ。
メビウスは特異な精霊と霊魂の狭間にある存在のようだったが、だらだらと戦闘を長引かせている間に、頭の中で術式を組んで、対応できそうな魔法陣を作成しておいたのだ。
これでメビウスは月に帰ることはできない。
後は適当にどっかに隠しておくなり、不安なら研究してこの中途半端な霊魂を本格的にどうにかする術でも探せばいい。
「悪いが、こいつはもらっていくぞシェイム。もっとも、この程度の奴を主戦力にあのクゥドルへ挑もうなんて、ただの世界を巻き込んだ自殺にしかならなかったと思うけどな」
俺は立ち上がり、オーテムを手に持ちながらシェイムを睨みつける。
「どうする? 妨害を警戒していたけど飛び込んでこなかったあたり、お前にはあんまり戦闘能力がないんじゃないのかと思ってるんだが」
シェイムの無表情な目が俺を睨んでいた。
「……やってくれたね。いや、私が馬鹿だったかな。もう、和解はないよアベルちゃん。ここじゃ狭いから、外で待っておいてあげる」
シェイムが魔法陣を展開する。
転移魔術だ。
妨害は容易だが、俺もそれより、外へ出る方を優先した方がよさそうだった。
メビウスの攻撃で散々破壊されていた旧神殿が、限界を迎えていた。
ところどころから大きな音を上げており、今すぐ崩れてしまいそうな調子だった。




