六十話 火の国からの来訪者⑩(side:収集家)
収集家は剣を構え、迫ってくるジームを観察する。
動きはこれまでにないほど直線的であった。
これならば、今の剣であれば容易くジームの腕を斬りつけて回避し、安全に彼の精霊体を削ることができるはずであった。
だからこそ、ジームが今、直線的な攻撃を仕掛けてきたことが不気味であった。
収集家は迷いながらも、ジームが攻撃を仕掛けて来る寸前を待ち、その隙を突いて斬りつけるべく待ち構える。
ジームは収集家の目前まで来たところで、二本の腕で彼へと貫手を放つ。
収集家はそれに合わせ、身を引きながら剣を振るう。
だが、高速戦闘の最中で、ジームの姿が左右にブレて、三つに変わった。
「ぬ……!」
「見せてやろう、我が絶技『鏡花水月』を!」
ジームは三方向から収集家へ迫り、合計十八本の腕で彼へと貫手を放った。
収集家は背後へふらつきながら、出鱈目に剣を振るってそれ以上ジームが近づくのを牽制する。
収集家の目前で、ジームの姿が三つ重なり、一つになった。
一体に戻ったジームは、剣を大回りに避けて収集家へと肉薄する。
収集家はジームの手刀の乱打を、剣で受ける。
「ヒホホホホ! ようやく動きが鈍くなってきたか、収集家ァ! わかるぞ、一打入れる度に、お前から急速に魔力が抜け始めておるのがなあ!」
「あ、あり得ん……ほんの刹那ではあったが、明らかに幻影ではなく実体であった!」
「そうれ、もう一発お見舞いしてやろうか……?」
ジームが笑う。
その背を追い掛け、アルタミアが飛んでくる。
「い、今、ジームが増えたの? 私は目で追えなかったけど……それなら多分、瞬間的な分霊よ!」
アルタミアの言葉に、ジームの笑いが歪んだ。
「それ以外にあり得ないわ! 悪魔は精霊体を分けて、新しい悪魔を造れるの! 一度新しい個として定着した分霊は、そうそう簡単に元の形には戻れない。でも、分霊が個として定着するその瞬間に引き戻せば、疑似的な分身も不可能じゃないはずよ!」
ジームの身体の目の一部が、アルタミアを睨んだ。
「分霊は、気軽に引き起こせる現象じゃないはずよ! 相当、精霊体に負担が掛かってる。おまけに一歩間違えれば、自分の力を大きく引き下げる行為にだってなるんだから。それでも使ったってことは、アイツ自身、かなり追い込まれている……」
「ごちゃごちゃと、煩い小娘め!」
ジームは収集家の剣を手刀で押さえ込みながら、余った腕で地面の石を拾い、アルタミアへと投擲した。
「キャアッ!」
アルタミアは上空へ逃れようとしたが、石は腕の肘を貫通した。
彼女は肘を押さえながら後退する。
アルタミアは人工精霊であるため、多少の怪我は問題ない。
だが、今の一撃は、敢えて身体を避けて放たれたものであることは明白であった。
これだけの速度で打ち込めるなら、この距離のアルタミアを投石だけで仕留めることも難しくはないはずだった。
「お前は、塔の解析という役目があるので殺さぬ。だが、私は、精霊の頂点……お前如きが、この私をわかったように語らぬことだな、不快だ」
収集家はジームの意識がアルタミアへ逸れた隙を突いて、腕を掻い潜ってジームの顔へと剣を振りかざす。
だが、二本の腕がすぐに戻り、刃を両側から受け止める。
「舐められたものだ。そんな攻撃が当たると……」
収集家はジームの腹部を蹴り飛ばし、反動で自身を背後へ跳ばす。
着地した際に素早く足で地面を弾き、更に後退していく。
「ハッ! 貴様の体質も、慣れれば便利なものだな! 距離を取るのに役立つわ!」
収集家は距離が開いたところで剣を掲げ、すかさず『王神竜の咆哮』を放った。
ジームは脚を止め、回避に専念した。
「直線攻撃だと、当たるわけがなかろう! その攻撃に、少なくない魔力を消耗しておるのはわかっておるぞ! 確実に回避していけばいいだけだ!」
だが、収集家は続けて『王神竜の咆哮』を放つ。
再び豪速で撃ち込まれた斬撃が、ジームの着地点を狙う。
ジームは宙で身体を捻って横に跳び、腕を伸ばして指先で地面を掴み、自身の身体を前へと投げ出して回避する。
「無駄だと言っておるだろうが! その技は無暗に撃てば、円塔を壊すと言っておるであろうが!」
ジームが大きく口を開けて吠える。
収集家は血塗れの姿で、されど不敵に笑う。
「ハッ! 敵の嫌がることをするのが勝負の鉄則であろうが!」
収集家はそう言い、更に背後へ跳んで距離を開ける。
そうして大きく剣を構える。
三度『王神竜の咆哮』を撃つつもりであることは明白であった。
「逃げ回りながら、『王神竜の咆哮』を撃つつもりか……! 自棄になったようだな!」
ジームとしては、単発の『王神竜の咆哮』など怖くはない。
威力は高いが、避けられないものではない。
逃げながら撃つならば、回避に専念して消耗を待てばいいだけだ。
だが、無暗に撃たれ、万が一でもアベルの円塔を破損させられることだけは避けたかった。
ジームも、あの円塔がファージ領一帯を吹き飛ばしかねない代物であることは理解している。
手に入る兵器を失うばかりか、最悪自身の身も危なくなってくる。
「ならば一気に距離を詰め、終わらせてくれるわ!」
ジームは動きを読まれないよう、稲妻の様にジグザクとした経路で地を駆けて収集家へと駆ける。
「ぬ……!」
収集家は『王神竜の咆哮』の紫の輝きを剣に溜めたまま、地面を脚で蹴る。
距離を取るために後ろへ跳び、安全圏から『王神竜の咆哮』を放ってくるつもりに違いないと、ジームはそう推測した。
ジームは頭を下げ、直進する。
逃げに傾倒した敵の動きなど、読むのはたやすい。
逃げようとする動きを読めば、簡単に追い詰めることもできる。
収集家は、後ろに跳ばず、前へと跳んでいた。
無防備に前へと出て来たジームへと、剣を振り下ろす。
「な……!」
「簡単な引っかけに乗りおって!」
ジームは円塔が破壊されるのを恐れており、『王神竜の咆哮』の連発を嫌がっていた。
収集家はそれを利用し、敢えて不要な『王神竜の咆哮』を撃って自身が自棄になっていると考えさせ、ジームに早期決着を焦らせることで思考を誘導したのである。
「これで至近距離から貴様の身体を引き裂いてやれるわ!」
「返り討ちにしてくれるわ!」
収集家の目前で、ジームの姿が三つに分かれる。
各々の方向から、収集家へと抜き手を放つ。
ジームの絶技『境花水月』は、容易に対応できる技ではない。
「来ると思ったわ!」
収集家は掲げた剣を素早く横に構えて波を描くように一閃しつつ、踊る様な足捌きで華麗にジームの貫手を回避する。
収集家は十八の腕を回避し、綺麗な刃の軌道で三体のジームの胸部、腹部を斬っていた。
彼らの身体が抉れ、大きな溝ができる。
「見切られた!? 何故、何故、完全に回避できる……!?」
「何度も見せる技ではなかったな! 動きに違和感はあったが、魔女の話を聞いて理解したわ!」
ジームの絶技『境花水月』は分霊が定着する前に合体し直さねばならない。
そのため互いに離れるわけにはいかず、技の終わりには三人が密着する必要があった。
「最初の立ち位置がわかれば、後の動きは全てわかる。無論、技の終わりもな! これほど読みやすい技はないわ!」
収集家は剣を横薙ぎに振るう。
剣に『王神竜の咆哮』のために込められていた魔力が、一気に解き放たれた。
斬撃が実体を得て、三人のジームが重なり合う位置へと飛来する。
至近距離から放たれた『王神竜の咆哮』が、ジームの腹部を通過した。
身体に切れ目が走り、ジームの身体が軽々と弾き飛ばされていく。
無防備に地面に身体を打ち付け、六本の腕や腰が、出鱈目な方向に捻じ曲がる。
身体中に浮かぶ眼球が真っ赤に充血し、黒目が回った。




