五十四話 火の国からの来訪者④(side:収集家)
その日、収集家はいつもの酒場で、そしていつも通りまだ明るい内より呑んだくれていた。
ファージ領内にある酒場『小人の隠れ家』は、最近『ゴロツキの隠れ家』と揶揄されることが多い。
無論、収集家のせいである。
「イリスめ、許さん、許さんぞ!」
「……いい加減、イリスさんのことは忘れたらどうですか?」
客の少ない昼間に店の奥の席を占領し、店主の娘であるエーラに愚痴を聞いてもらうのが彼の日課となっていた。
イリスとは、収集家がファージ領で仲良くなった元女商人である。
ナルガルン騒動で都会に帰れなくなったのを機に、ファージ領に居着いていたのだ。
ただ、彼女はとっくに田舎なファージ領を出て、再び商人として働くべく都会の方へと行ってしまっていた。
「今でも覚えておるぞ! 我もついていくと言ったとき、奴は露骨に『それは困るから遠慮しろ』と言わんがばかりの顔をしおったのだ!」
「それはわかりましたから……もう、百回くらい聞きましたよ。あ、そうだ! 私、いいこと思いつきました! イリスさんを見返す意味でも、働いたらどうです?」
エーラがぱんと手を叩き「名案じゃないですか?」と口にする。
「ほら! イリスさんに買ってもらった剣があるじゃないですか! 我は伝説の冒険者だ~って昔よく吹聴してたんですから、たまにはそれらしいところを見せてくださいよ」
「ならぬ!」
収集家が机を叩く。
グラスが大きく揺れた。
「奴はよく言っておったではないか! 貴方は充電期間中なんだから、いつか働くために今の休息は必要な時間なのだ、と! それで我が今働いたら、まるで奴の言われたとおりにしているみたいではないか!」
「見限られたから置いていかれたのもあると思いますよ」
「いいか? 我が動かぬのは、我を裏切った奴への復讐でもあるのだ!」
バン、バン、と二度続けて力強く机を叩く。
「……盛大な自虐にしか見えませんよ?」
その間、エーラは冷静に机の食器を押さえ、冷めた目で収集家を見ていた。
「イリスさんいなくなってから、この店のツケだって凄いことになっているんですからね!」
「おおエーラ! その一点ではお前に感謝してやっているぞ! 他の店は全て出禁になってしまったわい!」
「ひょっとして馬鹿にしてませんか!? 返す気あります!?」
さすがのエーラも怒声を上げた。
「奴らめ、イリスが支払っていた頃はいい顔をしておったくせに、あの女がいなくなった途端に掌を返し、我を腫れ物の様に扱いおって!」
「お金! お金払わないからですよバーカ! お金払わない客なんて腫れ物どころかゴミに決まってるじゃないですか!」
「そう囀るでない、エーラ。我はかつて、この王国の抱えている財宝を、すべて合わせて十倍しても届かないほどの宝の山を抱えておったのだ。待っておれ、その内我が本気を出してツケを一万倍で返してやろうではないか」
「……イリスさんにも同じこと言ってましたけど、返す当てはあるんですか?」
エーラは頭を抱え、深い溜息を吐いた。
「あのですね……父さんも、あんまりいい顔してないんですよ? イリスさんがいた頃は大分儲けさせてもらってましたし……私が一応、代金を一部肩代わりして父さんを説得してあげてますけど……そろそろ本当、ウチも出禁になってもおかしくないですからね?」
エーラが声量を下げて呟いた。
「こ、ここも出禁になるというのか!? ふざけるな、何をして時間を潰せばよいのだ! 我にどこで酒を呑めというのだ!」
「働いてください」
収集家は頭を押さえ、しばし黙りこくった。
それからぽつりと口を開く。
「……イリスからもらった剣、確か五百万ゴールド近く掛かったという話であったな。この地で適当に捌いても、百万ゴールドくらいにはなるか?」
「馬鹿なんですか死ぬんですか! それ売り飛ばしたらもう、絶対何もしないじゃないですかシュウさん!」
「気が向かんのだ! 我はかつて、財宝の山を持っておったのだぞ! わかるか? 我はかつて、あらゆる遺跡と秘境を巡ったのだ! こんな酒場の全てが埋まるくらいに金貨を集めた! かつての王の有した剣や、伝承の神官の杖、山近い大きさのある魔銀の像を手に入れたのだ!」
「……で、それは今どこへやったんですか?」
こほんと、収集家が咳払いを挟んだ。
「落としたのだ」
「そんな財布落とす感覚で、山くらい大きな像をどうやって落としたって言うんですか! そういうところですよ! 今私、結構真面目な話してるつもりだったんです! 作り話も法螺話も別に聞いてあげますよ! 聞いてあげますけど、空気を読んでください、空気を!」
エーラが目に涙を浮かべ、バン、バンと、机を叩く。
収集家が揺れる食器を押さえた。
「お前が叩くのか……。な、何も、泣くことはなかろう」
そのとき、押さえられていなかった酒のグラスが床へと落ちた。
「ごめんなさい、掃除して新しいの持ってきます!」
口では謝ってはいたが、声にはまだ怒気が込められていた。
エーラが顔を真っ赤にし、店の奥へと歩いていく。
「そ、そうか、持ってきてくれるか……その、我もすまなかった」
収集家は首を伸ばして謝った後、肩をすぼめてミートパイを食し始めた。
「諦めたらどうだ、エーラちゃん。こいつはもうどうにもならねぇぞ」
「そりゃイリスちゃんも逃げるってもんよ。こいつは煮ても、焼いても、使い物にはならねえよ。ほじっただけ面白い分ハナクソの方がまだマシだな」
やや離れたところで酒を呑んでいた二人の男が、エーラへとからかいの言葉を投げる。
「なんだと貴様ら! 昼間から酒を呑んでいる時点で、我とそう変わらぬではないか!」
収集家は二人に指先を突きつけ、怒鳴り声を上げた。
「昼飯ついでの、景気づけだ。俺達はこっから、山の方まで狩りに行くんだよ。お前と違ってな」
「なっ……!」
「ああ、食った食った。それじゃあそろそろ向かうとするか。ここは飯も美味いし、酒も揃ってるし、ゴロツキの馬鹿も見れるからいいこと尽くしだな。本物のクズを見ると、俺は頑張らないとなって気持ちになれる」
「貴様ァ! 言わせておけば、この我をよくぞそこまで侮辱してくれたものだな! 表に出るがいい!」
収集家は席を立ってそう叫んだ。
「お、いいじゃねえか。あのヒモ男をボコボコにしたって言ったら、いい話のタネになる。で、本気でやるのか?」
一人が、ニヤニヤと笑いながら収集家へと尋ねる。
収集家は眉間に皺を寄せ、黙ったまましばし固まった。
「す、すいません、どうなされましたかお客様!」
戻ってきたエーラが、手にしていた掃除道具を投げ捨てて駆け寄ってきた。
「フン、運がよかったな。今日は酒を呑み過ぎて気分が悪いので見逃してやろう。己の運の良さに涙を流して感謝することだ」
収集家がすっと席に着き直した。
「どうせそう言うと思ったぜ、いつも通り。毎日調子が悪いらしいなぁ、シュウちゃんは。おーいエーラちゃん、勘定頼むわ」
「は、はい……」
支払いが終わり、二人が外へと出ていく。
「……シュウさん、何かあったんですか?」
「なんでもないわ、それより替えの酒はまだなのか!」
そのとき、外より悲鳴の声が上がった。
一人ではない、複数の声だ。
エーラがびくりと肩を震わせる。




