五十二話 火の国からの来訪者②(side:ジーム)
ディンラート王国、ラルク男爵領のラッセル村の外れに、五大老ジームと、黒装束に身を隠す四人の僧兵の姿があった。
彼らの前には、高く聳える金属の円塔が立っている。
円筒は単純な外装であった。
飾りはなく、天井部に魔鉱石の塊が設置されている。
「ヒホホホ……聞いていた通りの外見よ。狂魔術師が不在の今の間に、こやつの心臓部をいただくとしようか。おい、自信のある者、解析に出よ」
ジームの言葉に僧兵の一人が頭を下げ、扉へと先行する。
僧兵が扉に手を当てると、掌を中心に魔法陣が展開される。
罠の有無の判断の解析である。
ジームはその場から数歩下がる。
自分で行った方が確実ではあったが、どういった系統の仕掛けが施されているのかわからない以上、ジームとしては下手に触ることは避けたかった。
不用意に扉を開けようとすれば、無条件で何らかの攻撃が開始される可能性も捨てきれない。
何かあれば、一旦罠を発動させてから、囮を生贄にして撤退する腹積もりである。
「しかし、ジーム様、これはいったい……」
「このおぞましい金属塊は、魔力波塔というらしい。偵察からはそう聞いておるの。名前の意図はわからぬが、重力の塊に指向性を与えて発射することができるはずだと聞いておる。これの存在が露呈すれば、ディンラート王国は周辺国全土から大顰蹙を買い、神話の戦争の再現となるであろうな」
「そ、そんなものが……!? しかし、それでしたら、兵器の一部を持ち出すより、存在を露見させて他国に攻撃させた方がいいのでは? 上手く行けば、我々が手を出さずとも、ディンラート王国は滅亡するでしょう。こんな危険物を抱え込むのは、少々危険ではありませんか?」
ジームは短い首を振り、僧兵の話を否定する。
「ヒホホホ、これは、噂では、大邪神クゥドルにもダメージを与え得るかもしれぬ代物だ。それが本当ならば、史上最強の兵器という事になる。ディンラート王国を中心とした戦争など、既に好きなタイミングで引き起こす下地はできている。そんなものよりも、クゥドルの精霊体を削り飛ばしてくれる兵器の方が、よっぽど価値があるとは思わぬか?」
ジームが口を大きく開けて笑う。
僧兵達がごくりと唾を呑む。
「……ディンラート王国がまさか、こんな魔導兵器を辺境地に作っていたとは。元々、奴らはこれを何のために作ったんだ?」
「単なる好奇心、で済むスケールではないな」
僧兵達は塔へと近付き、まじまじと天井部に設置された魔鉱石の塊へと目を向ける。
「この国には死せる神官ペテロがいる。不老を我が物にする高位の禁忌錬金術師にして、ディンラート王国の政界を裏側から牛耳り続ける怪人だ。奴は、逆徒リムドと繋がっていたという。マハラウン王国の、ジーム様率いる我々一派の動きを奴から聞いていてもおかしくはないでしょう」
「フン、いざという時に備えて辺境地で兵器開発を進めていた、というわけか。カモフラージュのつもりか、警備を手薄にして、僻地の国境沿いに放置したのは愚かとしか言いようがないな」
ジームは僧兵らを尻目に見ながら、鼻で笑っていた。
(ふ、好き勝手に言うておるわい)
元々、僧兵らの意識しているペテロも、ジームにとっては盤上の駒の一つに過ぎない。
ディンラート王国など、元よりジームはさほど注意していない。
大邪神クゥドルだけが敵であり、それ以外は大邪神クゥドルの枷となる弱みでしかない。
だが、ジームはわざわざ彼らにそんな話を教えてやるつもりもなかった。
ジームにとって、マハラウン王国を統治する五大老の一角であり、現在はマグナ王さえ押さえ込んで事実上のトップに立っている立場でさえ、いくつもある仮面の一つでしかない。
マハラウン王国も、ジームにとってはクゥドルにぶつけて、精霊体を剥ぐための駒であった。
ペテロなど本当ならばどうとでも調理できる駒でしかないが、現在の五大老の一人という立場からしてみれば、ペテロは警戒するのが自然な相手なのだ。
「ジーム様、罠らしきものは感知に引っ掛かりませんでした」
「ふむ、無警戒なことだ。例の狂魔術師は、魔術の腕は立つらしいが、危機管理がなっておらんようだな」
ジームが頷き、低い声で笑う。
そのとき、塔の頂上から光の球が唐突に発射された。
ジーム一行はそれを目で追って空を見上げる。
光の球は宙で炸裂し、辺り一帯を赤の光で包んだ。
ジームは無言で舌打ちした。
「……罠らしきものは、なんと言った?」
「もも、申し訳ございませんジーム様! しし、しかし、私は薄い魔力干渉で解析しただけなのです! あんなもので反応するならば、大気中の精霊に対しても誤作動を起こすはずです! こんなはずでは……!」
「馬鹿め、貴様の言葉が当てになるか! 貴様の罠はないという言葉自体が既に誤りではないか! はあ……すぐにラルク男爵領の私兵がここへと来るであろうな」
今の光は報告用と考えて間違いない。
ただの私兵ならば問題はないだろうが、ペテロを筆頭に妙な人物が何人か領内に紛れ込んでいる、ということをジームは事前に耳にしていた。
ジームは誰が来ようとも負けるつもりはない。
以前に、人間最強と称されていた五大老の一人、リムドを難なく片付けたところである。
しかし、この場で下手に戦いを始めて、繊細な魔力波塔の罠がそれに反応して大惨事を引き起こしては敵わない。
だが、一度引き返して警戒が高まれば、せっかくの対クゥドル兵器である魔力波塔自身が処分されることもあり得ないことではない。
(ジレメイムを連れて来たかったのだが、あいつはそもそもこの領地に触れること自体に難色を示しておったからな。……奴ならば、罠を解除して魔力波塔の制御部分を持ち出すだけではなく、即座に解析して思うが儘に操ることができたであろうに。私も魔術では決して常人には及ばぬ程度には自信のあるつもりだが……解析の微弱な魔力にピンポイントで反応できる仕掛けが組み込まれているとなると、これは少々手こずるぞ)
ジームは顎に手を当てて思案する。
「……解析は私一人でやる、二手に分かれて村で虐殺を起こせ。なるべく派手にことを起こして気を取らせて、この私のところまで来られないようにするのだ」
「はっ! ジーム様!」
僧兵達は二人ずつに別れた後、村の方へと駆けていく。
「……さて、一応解析は急がねばならぬな。少し、私にやらせよ」
ジームは扉へと手を触れ、魔法陣を浮かべて解析を進める。
自分で行うのはリスキーではあったが、この機を逃すわけにはいかない。
部下達では話にならないことはもうわかってしまった。
「……どうやら、妙な魔力を塔内に巡らせておるの。おまけに、こちらの魔力に応じて流れ方を変えて、解析を擦り抜けようとしておる。下手な感知をしても、怪しいものを何も拾えぬはずである」
ジームが扉に手を触れて、苛立ちながら言う。
「ジーム様、上手く行きそうですか……?」
「黙って見ておれ! 駄目なら、強引な手を使うというだけのことよ」
「は、はい!」
ジームが解析を進めている中、彼の背後に誰かが降り立った。
「アンタら……人のもの、何勝手に弄ってくれちゃってるの? それ、私のなんだけど」
「……フム、この領地を制圧するには、部下のみで十分だと思ったのだがな」
ジームはゆっくりと背後を振り返り、現れた人物を睨みつける。
橙の巻き髪をした目付きの悪い女魔術師が、腕を組んで宙に浮かんでいた。
彼女の背後に二つの金属塊の十字架が浮いている。
それぞれに一人ずつ、村へと向かったはずのジームの部下である僧兵が腹部を上部に突かれて、ぐったりと凭れ掛かっていた。
「……橙の魔女、アルタミアか」
ジームが面倒臭そうに口にする。
「よく一目でわかったわね。どこかで会ったことでもあったかしら?」
「少々人より物知りなのでね、私達は」




