七話
ラルクから依頼を受けた俺は、すぐにメアを連れてパルガス村へと出発した。
例によって、馬車の御者はエリアに頼んだ。
エリアは一度、ナルガルンのせいでファージ領に隔離されていた元冒険者からの依頼を受けてアッシムの街まで移動したのだが、その後にまたファージ領まで戻ってきていた。
ファージ領の噂はアッシムの街でも広まっており、アッシムの街からファージ領行きの仕事が多かったそうだ。
エリアはファージ領で領地の復興に伴って高額の仕事ができると踏み、しばらくはファージ領周辺を拠点に活動するつもりらしい。
馬車に乗ってから五日目、ようやくパルガス村とやらが遠くに見えてきた。
そこまで大きな規模というわけではさそうだ。
ラルクのいた村に比べて建物の数もずっと少なそうである。
「ラルクさんとの繋がりも切れてたみたいだし……魔獣被害、対処しきれてるんだろうか」
かなり辺鄙なところにあるため、ラルクのいた村よりも更に旅の冒険者の数も少ないだろう。
おまけにここは、強力な魔獣が出やすいアルタミアの塔が近くにあるという話だったようだが……。
アルタミアの塔の悪影響はさほど受けていないのだろうか?
御者台に座っていたエリアが、俺の方へと顔を半分ほど向けた。
「パルガス村の村長、ハイン・ファージ。ファージ領全体を統治している領主さんの、叔父に当たる……ファージ家の分家筋。領主さんとは、あんまり仲がよくないみたい。そこまで露骨にってわけではなさそうだけど……」
エリアは元私兵団の面子を馬車に何度も乗せていたこともあってか、そういった事情は俺よりも耳に入れているようだった。
仲は……あまりよくなかったのか。
叔父であることは聞かされていたが、その辺りのことはあまり聞いてはいなかった。
「だから……リーヴァイ教絡みというよりも、単にハインが領主さんに非協力的だったってだけの話なんじゃないかな。私達もあんまり歓迎されないかもしれないから、そのことは先に覚悟しておいた方がいいかも」
なるほど……。
あの『殺される』と書かれていた紙切れも、なんとでも解釈できる。
実はパルガス村とは関係のないものだった、というオチもあるかもしれない。
「私も、それなりに長く冒険者の依頼の手伝いもしてきたから。特にこういう仕事を引き受ける機会が多かったから……なんとなく、勘が働くの」
エリアの言葉には説得力があった。
よくこの手の肩透かしをくらったことがあったのかもしれない。
こういうときのその道のプロの勘というのは侮れないものだ。
馬車移動で疲れてるのであまり雑に扱われるのは勘弁したいところだが……特に問題がないなら、別にそれでも構わない。
用事がさっさと片付いたのなら、とっととアルタミアの塔とやらを拝んでみたい。
リーヴァイ教よりもそっちの方が興味がある。
到着したらラルクの手下ですとは言わず、空気を読みつつただの旅の冒険者を装って情報収集だけしてとっとと離れた方がいいかもしれない。
「すいませんね、いつも変な仕事ばっかり持ち掛けてしまって」
「お客さんを運んでると退屈しないから……嫌いじゃない」
この人、精神的に結構タフだな。
ダルドワーフの騎士に襲われたときとナルガルンに襲われたときで、二度は俺のせいで死線を潜っているというのに。
それからすぐにパルガス村へと到着した。
……到着してからすぐに、なんとなく嫌な予感がし始めていた。
人の姿がまったく見えないのだ。
それになんだか……建設途上の建物がいくつか目に入る。
なぜだか知らないが、その建設途上の建物に妙な既視感を覚える。
「……メア、なんかあれ見たことないか?」
メアが馬車からやや身を乗り出し、周囲を見回す。
「う~ん……メアも引っ掛かるんですけど、なんだったか。あっ! 向こうから、人が……! 人が……」
メアは顔色を輝かせて腕を伸ばして指で示したが、すぐにその顔が引き攣って行った。
何事かと思ってエリアの方を見れば、彼女も目を細めて顔いっぱいに嫌悪を浮かべていた。
「ごめん……勘、外した」
エリアがぽつりと呟く。
視線を追って前を見れば、遠くから六人の男が駆けてくる。
……皆、どこか見覚えのある淡い青色のローブを羽織っており、首には三又の槍を模した飾りのついたネックレスを掛けていた。
そう、リーヴァイ教徒である。
ファージ領にだってリングスとマリアスの二人しかいなかったリーヴァイ教徒が、村に着くなり六人同時に現れた。
「エリアさんんんっ!?」
俺だってエリアの勘が百発百中で当たるなんて思ってはいなかったが、ここまで正反対に出るとは思わなかった。
だってこれはもう、来る前から完全に終わってたパターンじゃなかろうか。
「どど、どうしますアベル!? 撃っちゃった方がいいですか!?」
「ど、どうしよう……でも、あんまり敵意はなさそうな気がするんだけど……」
見ている限り、やや不機嫌そうではあるものの、すぐに敵対攻撃を仕掛けて来ようという様子には思えない。
杖を手にしているのは一人だけであり、残りは武器らしい武器も手に取っていない。
それにこのタイミングなので限りなく怪しくはあるのだが……マリアス達と同じ派閥であるかどうかも、確信があるわけではない。
クゥドル教だって国から危険視されている過激派組織が複数存在するが、それは全体から見ればほんの少しなのである。
万が一誤解であった場合、下手に手傷を負わせれば厄介なことになりかねない。
リングス程度の奴ならば、何人いようと充分制せるはずだ。
今はそこまで慌てる必要はない。
「そこの馬車っ! 止まれ! 早く止まれっ!」
「お前達はどこから来た!」
リーヴァイ教徒は乱暴に口々に言い募ってくる。
リングスは表面だけでも柔和な態度を取っていたのに、打って変わってあからさまに粗暴である。
命令口調で大声でがなり立ててくる。
「降りてこい! いつまでぼさっと座っている!」
一人の教徒が停まった馬車を横から蹴った。
馬車は外見上は問題なさそうだったがバキッと嫌な音が鳴った。
エリアの顔がどんどん曇っていく。
土の縄で全員地面に縛りつけてやろうかとも考えたが、敵対的行動にしてはあまりに稚拙で無防備すぎる。
向こうがこうも苛立っているのには、何か理由があるのかもしれない。
とりあえずは話を聞いてやろう。
納得できなければ、全員ボコボコにさせてもらうが。
「そう急かさなくても、今降りますよ……」
俺は杖を手にしてから、馬車を降りた。
懐にもラピデスソードも忍ばせてある。
何かあれば、すぐに魔力を送って刃を生成できる。
メアがばっと馬車から飛び出し、俺と教徒達の間に降り立った。
手には弓を構えており、すでに矢尻を引いている。
「ちょ、ちょっとメア。弓、下げて。一旦下げて」
「だってこいつら、明らかに普通じゃないですよ! 何して来るか、わかったものじゃありませんもん!」
俺もこいつらが真っ当ではないのはわかっているが、今はとにかく状況を把握したい。
今の俺の立場は、パルガス村の領主であるラルクから送られてきた調査官である。
村の状態もわからない今、下手に敵対関係を明確にしたくはない。
教徒達はわざとやっているのではないかと勘繰りたくなるくらい人の神経を逆なでしてきてはいるものの、不思議とこちらに危害を加えようという意思はまだ確認できていないのだ。
こちらから武器を向けるのは悪手である。
「貴様、我らに武器を向けるとは何を考えている!」
「なんと短気で暴力的な奴だ! これだからクゥドル崇拝の邪教徒共は!」
俺もさすがに大分イラッと来た。
こいつら、自分達ががなり立てて馬車を蹴ってきたことは、もう忘れているのか?
脳味噌フォーグかこいつら。
「アベル……」
メアがちらりと、尻目で俺を見た。
「今だっ!」
その隙を突いたように、一人の男が動き出した。
メアへと手を伸ばし、取り押さえようとする。
さすがにここまで拗れたら収集がつきそうにない。
俺が杖を振り上げたとき……大きな声が周囲を一喝した。
「止めんかぁっ!」
老人の声ではあったが、妙によく通る声であった。
声の主は、教徒達の更に奥の方から歩いて姿を現した。
恰幅のいい、六十前後の片眼鏡の老人である。
白髪は清潔感のあるオールバックに纏めており、長い白髭もきっちりと整えられており貴品があった。
リーヴァイ教徒のローブに似た衣装を身に着けてはいるが、衣装のあちこちに金の刺繍が入っており、一般教徒の物よりも格調が高そうである。
老人の前には、ぶかぶかのリーヴァイ教徒のローブを羽織っている金髪の少女がいた。
頭には布を重ねて作られた被りものをしており、腕には馬鹿デカい金の杖を手にしている。
俺よりも筋力があるのではないだろうか。
耳がノークスに比べてやや長いので、リノアと同じノワールか、ハーフノワールなのかもしれない。
教徒達はびくりと肩を震わせて動きを止めて振り返って老人を目にし、途端におどおどとし始めた。
「ネ、ネログリフ様……怪しい者がおりましたので、その……」
メアを押さえ込もうとしていた男は、媚びを売るように下手な作り笑いを浮かべながら老人、ネログリフへと近づいた。
金髪の少女は無言のままその教徒へと近づき、馬鹿デカい金の杖を振り下ろして頭からぶん殴った。
鈍い音と共に血が舞った。
男は、その場に倒れ伏せて地に頭を打ち付けた。
今の一撃で気を失ったらしく、ピクリとも動かない。
さすがに、死んだのではないと思いたいが……。
「ネログリフ様の顔に泥を塗るような真似は、私が許しません」
「しし、しかし、そやつらが……」
「見苦しい言い訳はよしてください。貴方方の顔は覚えましたので、処分は後ほど、改めて下します。今は、そいつを連れてさっさと離れてください。この方々も、貴方方がいては不快でしょう」
少女が睨むと、大慌てで教徒達は倒れた仲間を担ぎ、その場を離れて行った。
ネログリフはその後ろ姿を見つめていたが、呆れたように深いため息を吐いた。
その後俺の前に立ち、がばっと大きく頭を下げた。
「申し訳ございませぬ、旅の方々……。ワシの躾が悪いばかりに、この様な不快な目に遭わせてしまいました」
俺とメアは何がなんだかわからないままに、ポカンとその様子を見ていた。
少女が杖をその場に投げ捨て、あたふたとネログリフの肩に手を置く。
「あ、頭をお上げくださいネログリフ様! ネログリフ様は、軽々と頭を下げていい立場ではありません! そろそろそのことに自覚を持ってください!」
少女がネログリフの肩を揺らそうとするが、ネログリフは微動だにしない。
……わ、悪い人ではなさそうなんだけど……なんかちょっとズレてそうな……。
とにかく、さっきの連中より、よっぽど話は通じそうだ。
トップがまともそうな人でよかった。ちょっとズレてそうな気はするが。
とはいえファージ領を襲撃したリーヴァイ教の関係者であることには間違いない。
警戒は怠るべきではないだろう。
「あの……この村、今、どうなってるんでしょうか? その辺りを説明してもらえるとありがたいのですが……」
俺が声を掛けてから、ようやくネログリフはゆっくり、ゆっくりと頭を上げた。
「むしろ私達が、貴方方が何をしに来たのかを聞きたいのですが……」
少女が金の大杖を構えながら、俺にやや敵意のある眼差しを向ける。
ネログリフはそれを手で制し、彼女より前に出た。
「……申し遅れました。ワシの名前は、ネログリフ・ネオグラム。リーヴァイ教において、四大神官の末席を汚させていただいておる身でございます」
「あ、ど、どうも御丁寧に……」
再びネログリフが頭を下げるのに、俺も釣られて頭を下げた。
頭を下げながらふと頭にマリアスのことが頭を過った。
確かマリアスも大神官と呼ばれていたような気がするし、リングスが領民を集めてリーヴァイ教の話をしていたときにも『四大神官』という言葉が出てきていたように思う。
あれ……ひょっとしてこの人、やっぱり敵の頭じゃね……?




