二十一話 錬金術師団③
翌日、早速俺は錬金術師団の副団長、リノアと会ってみることにした。
ラルクの話によれば、恐らくリノアは村を出たすぐのところにある丘で、雨雲を集める魔術を行っているはず、とのことだった。
メアと二人、リノアのいる丘へと向かった。
歩きながら俺は、魔術の行使許可要請書を眺める。
三十八枚中五枚、領主の判子がもらえなかったのだ。
ちょっとごねてみたが、さすがに今すぐには許可を出せないと頭を下げられてしまった。
この五つにしては俺も危険性に対するいい感じの言い訳が思いつかなかったので、今は諦めておくことにした、今は。
「どうしたんですか、アベル? そんなに難しい顔をして?」
メアがひょいと首を伸ばし、要請書を覗き込む。
書かれている内容を見て眉を顰めた。
「な、何が書いてあるんですかこれ……?」
「生体魔術の行使許可の範囲と目的について。ちょっと複雑めに書いておいたら誤魔化しが利くと思ったんだけど、ピンポイントにキツめの弾かれちゃったな」
俺は頭を掻きながら答える。
確かにちょっと間違えたら領地が滅びかねない魔術ではあるが、上手くいったらファージ領に大きく貢献できると思っていたのだが、やっぱり領主の立場からしてみれば慎重にならざるを得ないか。
もちろん、俺はそんな大失敗を引き起こさない自信はあるのだが。
ナルガルンの鱗に関する問題ごとが片付いたら、本腰入れて要請書を書き直して全力で誤魔化しに掛かってみよう。
恩人補正もあるし、無碍に扱われることはない。
「しかし、この一枚で怖がらせちゃったせいか、臭いところ全部保留にされちゃったのが辛いな。まぁ基本的な部分にはオッケーもらえてるから、後は応用と抜け道で制限の裏を掻きながら動けば似たようなことはできるか。痛いのは生体魔術くらいだな」
生体魔術は人から嫌悪されやすいためか、研究もかなり遅れている。
国法による制限や、領地の責任者による監視の目も強い。
昔じゃ過激な宗教団体が生体魔術の書物を焼いたり、その道で有名な魔術師が暗殺されたりと、色々事件もあったようだ。
しかしその分、夢に溢れた魔術でもある。
偏見を取り払って正式な制限を設け直し、その範囲内で生体魔術を自由に扱うことができれば、ディンラート王国全体の生活が今よりもずっと裕福なものになるだろう。
生体魔術の研究を行うとしたら、辺境地にあって閉鎖的なこのファージ領が最も適している。
今すぐとはいかずとも、ゆっくりと制限を誤魔化し……緩和していきたいものだ。
俺は用紙を折り畳んで懐に仕舞う。
「メアには今の紙、さっぱりだったんですけど……。領主さん、魔術の心得あったんですね」
「一応は錬金術師団の雇い主なんだし、ある程度は必要だったんだろうな」
正直、いい面だけ強調して書いておけば、どうとでも誤魔化せると思っていた。
ちょっと舐めて掛かっていたかもしれない。
村外れにある丘では、白い簡素な服の上に真っ青なローブを羽織った六人組が並んでいた。
中心にいるのは、大きな杖を抱えた少女である。
それなりに歳のいった人が多い中、彼女の幼い外見は浮いていた。
だが、位置や周囲の雰囲気の中から、六人組のリーダーであることが察せられた。
事前にラルクから聞いていた容姿とも一致している。
副団長、リノアで間違いないだろう。
リノアはローブを外して背に垂れさせており、綺麗な三つ編みが露になっている。
エルフほどではないにせよ長い耳が、髪を掻き分けてぴょこりと伸びていた。
あの耳と外見年齢から察するに、ノークスではなくノワールか。
ノワールは一定年齢から歳を取らないため、生涯を子供の姿で過ごす。
ノワールだとすれば、あの外見年齢で副団長の座についていることも納得がいく。
「……はぁ」
リノアが手をぷるぷると震えさせながら持ち上げていた大杖を降ろし、溜め息を漏らした。
口をへの字に曲げ、細い指で大杖を神経質そうに擦っている。
どうやらあまりいい機嫌ではなさそうだ。
「副団長殿、もう止めにしませんか?」
「いくらやっても、駄目なものは駄目ですよ。こんなことで魔力を浪費するよりも、領民達に水を配った方が……」
リノアの部下らしき魔術師がそう声を掛けるのを聞き、彼女達が雨乞いのために丘に出ていたという話を思い出す。
ふと顔を上げてみる。
空はド晴天だった。
どうやら雨乞いは難航しているようだ。
遠くへと目をやれば、ファージ領に差し掛かる手前で雲が停滞しているのが見えた。
成功までの道のりは長そうだ。
「……馬鹿団長の妨害入るの、わかるでしょ? 元々この仕事をあーし達に投げたの、自分に反発してる人間の信用を纏めて貶めたいからだろーし」
リノアが言うと、彼女の部下はがっくりと肩を落とす。
話は読めてきた。
あの連中が副団長派の、イカロスに反発している錬金術師団の少数勢力か。
イカロスは難航していた雨雲寄せの仕事を彼女達に丸投げすることで、副団長派の発言力と周囲からの信用を削いでおく腹積もりらしい。
他に槍玉を作ることで自分の信用が落ちるのを抑えつつ、邪魔な相手を動けなくした上に信用を貶める。
さすが領地を裏から牛耳っているだけのことはある。
保身と嫌がらせに関しては超一流だと認めておいてやろう。
「領主様には悪いけど、ここらが限界かも。問題だったナルガルンもいなくなって、この領地に留まる意味もなくなっちゃったしー」
リノアは大杖を置き、小さく首を振る。
口調は軽いが、疲れが見えた。
この手の嫌がらせは他にも山ほど受けてきたのだろう。
「…………そう、ですね。これ以上、できることもありませんし」
副団長一派には暗い空気が流れている。
今後もこのまま時間が経てば真面目な連中が去って行って、イカロス勢力がどんどん大きくなっていくのだろう。
複雑な気持ちで様子を窺いながら近づくと、リノアの耳が微かに揺れ、こちらを振り返った。
「ん、誰……」
俺の顔を見ると、ぽんと腕を叩く。
「首狩りの人……」
リノアに続き、他の魔術師達も「首の……」「あの、首斬りの!」と各々に口にする。
背の高い痩せ型の男魔術師が俺に近づいてくる。
「一度会ってみたかったんですよ! 聞いていたより普通の顔ですね。もっと恐ろしい、気狂いのような容貌だと……」
……なんか、勝手なイメージ飛び交ってない?
なんで首で通じてるんだ。
「……あの、ラルクさんから副団長さんに手を貸してやってくれと言われてきたんですけど」
「ん……悪いけど、雲寄せの魔術に専念するように言われてる。あーし達は、身動き取れない状態。気持ちはありがたい。でも、今手伝ってもらっても、こっちに組み込まれて動けなくなるだけ。悪いけど、別口で動いてもらった方が……」
ロマーヌの街でいくらか本を読んだが、雲寄せは長い時間を掛けて行う魔術であると、ディンラート王国ではそう知れ渡っているようだった。
しかしディンラート王国で広まっている雲寄せの魔術に比べ、マーレン族のオーテムを用いた天候への干渉方法は効果が高く、結果も早く出やすい。
従来よりも短期間で雨雲を引き寄せることができるはずだ。
「いえ、こういうのは得意なんでぜひ手伝わせてください」
俺が再度そう言っても、リノアは首を振るだけだった。
「……反発力、感じる。雲、あのラインまで来てから、急に進退を繰り返すようになった。こういうこともあり得なくはない……けど、違和感ある」
……予想はしていたけど、やっぱり干ばつも人為的に引き起こされたものだったか。
雲避けの魔術。
それも、雲寄せが来ても弾けるくらい強力なもの。
当然、それなりに大掛かりな魔術になる。魔力も相応に要求されるはずだ。
これだけやって、未だに正体どころか存在の有無さえはっきりとは掴ませないとは。
ファージ領の災難のどこまでが人為的に引き起こされたのかはわからないが、ナルガルンによるファージ領の孤立と、ハーメルンによる魔獣災害は少なくとも同一人物の仕業と見ていいだろう。
かなり周到に計画を練ってファージ領を潰しに掛かってきている。
これ……思ったより遥かにヤバイ奴を相手にしてるんじゃなかろうか。




