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公爵家の一大事4



 急な客人は、ドレスの試着中に現れた。


 薄いイエローの布地は柔らかく、ドレープの広がりが上品ではあるものの、背中のチャックが堅くて上手く上がらない。姿見の前で悪戦苦闘していたレミリアの背後で、部屋の扉が開く音がした。


 ノックもせずに公爵家当主である自分の部屋に立ち入ることが許されるのは、唯一人。



「ホークス……!どうしたの?まだ昼の二時よ。お仕事中でしょう?フィルくんは?」


 助手である若者の名前を出すも、ホークスは表情を変えずに姿見の前まで歩みを進める。いったい何事かと訝しむレミリアの背中に手を回すと、強い力で抱き締めた。


「ごめん、」


「え?」


 突然の謝罪の意図が分からない。

 とりあえずこの中途半端な状態のドレスだけでも何とかしたい、と身を捩るも、腕の力はかなりの強さで抜け出せそうにない。


 買ったばかりのドレスが皺になることを心配するべきか、それとも珍しく意気消沈している夫に理由を伺うべきか。数秒悩んだ末にレミリアはホークスの頬に手を添えた。


「どうしたの。私に会いたくなった?」


 冗談のつもりで聞いたのに、何も言葉は返って来ない。それどころか、腕の力がより強くなった気がする。このままでは腰が折れそうだ。


「ホークス、離して!お腹が少し苦しくって、」


「………!」


 すぐさま飛び退くように身体が離される。不安そうに揺れる黄色い目が、どういうわけか自分の腹部に釘付けであることを知って、レミリアは緊張した。こんなに動揺しているホークスを見るのは初めてだ。


「レミリア……悪かった。今更どんな言葉を掛けても手遅れだと分かってるが、責任は取るつもりだ。いや……違うな。そういうことを言いたいわけじゃなくて、素直な気持ちとしては嬉しい」


「ホークス?」


 どこに向かって何を言っているのか。

 レミリアの身体から視線を上げずにホークスはお腹に向かって離し続けている。話の内容も彼の情緒も分からないままに、とりあえず、冷たい手を取って握り締めた。よほど急いで来たのか、左手にはペンのキャップが握られている。



「何の話をしているのかしら?疲れているなら、よかったらお茶でもどう。フィルくんやユミルもここに呼んでも良いわ」


「紅茶は控えた方が良いんじゃないか?俺は詳しくないが、カフェインは身体に良くないと……」


 尚も困った顔を続けながらそんなことを言うから、レミリアはようやく事情を察した。ホークスの顔を見て、自分のお腹を見下ろす。コルセットで押し潰しているものの、少し膨らんでしまったそのお腹を。


「待って。妊娠したと思ってるの?」


「………レミリア?」


 恥ずかしさと情けなさ、そして行き場のない怒りなんかが入り混じって目に涙が込み上げる。笑っても良い場面ではあったけれど、深刻そうなホークスの顔にその気持ちは吹き飛んだ。


「いつまでそんな顔をするのよ!これは単なる私の怠惰の産物!もっと言えば貴方が夜なかなか部屋に来てくれないから待ってる間にたくさん甘いものなんかを摘んじゃった結果!責任を取ってくれるなら早く私に会いに来て……!!」


「その……子供は?」


「居ないわよ!誰からそんなこと聞いたの?フィルくんね?フィルくんでしょう?また変な方向に話を吹聴して……!今度こそタダじゃおかないわ!」


「レミリア、待ってくれ」


 勢い良く入り口のドアに突進するレミリアの腕をホークスが引いた。隠しておきたかった自分の体型の変化に気付かれた上に、斜め上の推測までされて良い迷惑なのだ。


 しかしながら、いつもはここで引き下がる夫が今日に限っては再びレミリアの抱き止めて宥めるように背中をさすった。何事だろうか。



「離してよ、私は怒ってるの!それにドレスが皺になっちゃうから。これは今週末のお誕生日会で着る予定だったのよ……」


「誕生日?」


 尻すぼみに打ち明けるレミリアに、すっとぼけた質問が返って来る。我慢ならなくなったので、先ほどよりも思いっきりホークスの頬を押さえた。


「貴方の誕生日よ……!!」


 ぽかんと口を開けたままの愛する夫を睨む。

 何事にも疎い性格だとは分かっていたけれど、まさか自分の誕生日すら忘れているとは。呆れを通り越して腹が立つ。一生懸命に準備していたから、より一層に腹が立つ。


「せっかくの天気だから、近くに住む姉の家族も招待したの。子供が来るからちょっと心配だったけど、貴方は接しなくても結構!デミルカや貴方の従姉妹のステイシーさんもね。黙ってたことは謝るわ、だけどお誕生日会ってこっそり準備するものでしょう……!?」


 もう色々な気持ちがごちゃ混ぜでグスグスと涙を拭くレミリアの手が、持ち上げられた。念入りに用意していた計画があと一歩というところで白紙になりそうなのだ。ケーキも料理も、自分で用意したかったから、料理長に相談しながら秘密裏に進めていたのに。


 年甲斐もなく、そして公爵家の当主という普段の自分の立場も忘れて泣きじゃくるレミリアの前で、ホークスは困ったように頭を撫でてくれた。この程度で許すわけにはいかない。



「………私は怒ってるの」


「あぁ、悪いと思ってる。どうしたら良い?」


「その質問は狡いわ。貴方はいつだって私がどうすれば喜ぶか分かっているもの。聞かないで」


 可愛くないと理解しつつ、頬を膨らませてそっぽを向くと、ホークスは少し考える素振りを見せてレミリアの身体を抱きかかえた。


「ホークス……!?」


 驚くレミリアをそのままに、部屋の扉まで進むとガチャリと鍵を掛ける。らしくない動作に長い説教が始まるのでは、と内心焦りを覚えた。


 怒らせてしまったのだろうか?

 でも、どう考えても今回の件は悪くない。


 週末に着たいからドレスだけでも着替えさせてほしい、と恐る恐る提案してみたところ、滅多に見せない良い笑顔が返ってきた。



「プレゼントは今もらうことにした。張り切って準備を進めてくれてありがとう。嬉しいよ」


「えっ?」


 よく分からない頭が可能性を示唆している。だって二人が向かう先にはベッドがあったから。


「待って……!」


「待たない。フィルとユミルの尋問は後で良い」


「そうじゃなくて、仕事中じゃないの!?いつもの貴方なら最低でも夜十時を回るまでは部屋に帰って来ないのに」


「今日は来客の予定はないし、仕事は明日に回す。もしかしたら気を利かせた優秀な助手が済ませてくれるかもしれない」


 居るはずがないのだが、レミリアは扉の向こう側から「了解です、ホークスさん!」というやけに明るい声が聞こえたような気がした。


 大きな男をなんとか押し返しながら、どうしたものかと考える。答えが出た頃にはきっとすでに遅いのだろうけれど。


「こんなに早急なの、貴方らしくないわ」


「たまにはそういう日があっても良い」


 小さな文句にホークスは笑ったような気がした。




End.



またもや自己満足な話を書いてしまいました。

お付き合いくださった方、ありがとうございました。

評価などいただけたら励みになります;;


ご縁があれば次作で!


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