公爵家の一大事2
「………もう要らないわ。下げてもらっても良い?」
「えっ、まだほとんど残っていますよ」
「食欲がないの。美味しそうで、本当に申し訳ないんだけど……」
眉を寄せて悲しそうにそう言う奥様を見て、私はただ頷いて皿に手を伸ばしました。狼狽えてしまってはきっと奥様に自責の念を抱かせてしまうし、ただのメイドの分際で奥様の食事の量に物申す権利はないと思ったからです。
シンプソン公爵家の当主であられる奥様の体調に関しては、料理長も懸念を抱いているようでした。ここ数週間で召される食事の量が目に見えて減っているのです。
「ねぇ、ユミル」
私の目線に気付いたように奥様が振り返りました。
自分の心配事が伝わらないように、瞬きを繰り返して何でもないフリをします。奥様は悩ましげに眉を寄せた後、小さな声で話し始めました。
「あのね……こんな話を貴女にするのは気が引けるんだけど……」
「いえいえ、何なりとお申し付けください!まだ経験の浅い私ですが、奥様のことに関してはこのお屋敷で誰よりも頼っていただける存在になりたいと思っています!」
「ありがとう。えっと、それじゃあ、聞いても良いかしら。ホークスは……子供が好きだと思う?」
「えっ?」
「ごめんなさい、やっぱり何でもないわ。今の質問は忘れてちょうだい」
予想外の問い掛けに私はしばし言葉を失って、奥様は切り替えるように手を振ると、あたたかくなってきた気候について話し始めました。春の花が咲き始めている、という内容だったかと思いますが、脳が停止したままだったのでよく覚えていません。
奥様は話しながら時折お腹のあたりを摩っています。ドッドッと高鳴る心臓の音が身体中を揺らすようで、私は気が気ではありません。なんと言ってもこうした話題はとてもセンシティブなのです。まだ未婚の私でも、それぐらいは理解しています。
「お、奥様は子供が………」
かろうじて絞り出した声に、奥様は控えめな笑顔を見せました。
「大好きよ。だけど、べつに彼が嫌いだって言うならそれでも良いの。なるべく会わないようにすれば良いだけだもの」
「いけません!」
「………ユミル?」
思わず大きな声で叫ぶように言ってしまった私を見て、奥様が心配するように問い掛けます。まだ頭の中は混乱したままですが、何かよろしくない方向に奥様の考えが進んでいることは分かりました。
「奥様、レコルテ先生もお子様に会った方が良いと思います。きっと好きになるはずです!」
「だけど、ホークスは接し方が分からないと前に言っていたし……」
「練習あるのみです!そういうことなら奥様のお知り合いでいらっしゃるガレット様にも相談しましょう。乳母の経験者が居ると心強いですね」
「だけど、もうあまり日がないのよ」
「えっ………ご予定はいつ頃で……?」
「来週末を予定しているの。天気が良いでしょう?」
「そんなに早くですか!?」
急な展開に焦りを通り越して私は気が遠くなるのを感じました。いったいこのシンプソン公爵家で、何人の使用人が奥様の秘密を知っているのでしょう。
それにしても、只者ではないと思っていましたが、奥様ほどの女性であれば自分の好きな日を選んで出産出来るようなので驚きです。確かに雨の日よりは晴れの日の方がお医者様も訪問しやすいでしょうし、奥様のご両親であられるワーレム伯爵夫妻もグスタフの街へ降りて来やすいでしょう。
「………この件、私にお任せいただいても良いでしょうか?」
「でも、貴女にだってお仕事が、」
「奥様が一人で抱え込むべきではありません。私にもどうかお手伝いさせてほしいのです。フィルには協力を仰いでも良いでしょうか?」
奥様は困ったように目を閉じましたが、渋々首を縦に振りました。私は久しぶりにみなぎる責任感に気分が高揚して、その日はよく寝付けませんでした。
シンプソン公爵家に新しい家族が増えるのです。
この一大事、絶対に私が支えなければ。




