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公爵家の一大事1



 例えば、一人の金持ちと九十九人の貧乏人が同時に依頼に来たとして。


 彼は迷うことなく後者を招き入れて、夜明けまで熱心に話を聞くだろう。その半数が十分な見返りを払うことが出来ないとしても、最後まで絶対に見捨てたりはせずに。時間や労働への対価なんて気にせず、バカみたいに真面目に。


 ホークス・レコルテはそんな人。

 少なくとも、フィルの認識の中では。



「ホークスさん、俺、結婚しようと思います」


「そうか。おめでとう」


 相手は誰なんだとか、結婚式はいつだとか、そういった皆が聞きたがる情報を総スルーして、ホークスは話を再び現在進行中の裁判に関する証拠の整理に戻そうとした。慌てて制止の声を掛ける。


「いやいや、もっとこう、ないんですかね?」


「従業員のプライベートは詮索しない主義なんだ。だからお前が業務時間中に廊下でメイドと引っ越しの日程について話し込んでいても俺は見ないフリを決め込む」


「めちゃくちゃ知ってるじゃないですか……」


 げんなりとそう返すと「三十分を超えたら減給する」という冗談とも本気とも取れる厳しい注意が飛んできた。


 フィルはぐぬぬと唇を噛み締めつつ、恋人から仕入れたネタを思い出す。ホークスの弁護士事務所と同じ敷地内で居を構えるシンプソン公爵家で働く恋人のユミルは、その仕事柄ゆえに色々な話を提供してくれる。なんて言ったって、この公爵家の女主人こそホークスの尻尾を握る人間なのだ。



「レミリアさん、寂しがってましたよ」


 何気ない素振りで言ってみると、ホークスの頬がピクリと動いた。良い反応だ。


「最近また仕事人間に戻ってるんじゃないですか?俺が言うのもなんですけど、たまには早めに切り上げて花でも送ってみたり……」


「なるほど。じゃあ二人で残業するか?お前が愛を囁く時間をほんの少し仕事に回してくれるなら、多少は俺も楽になるだろうな」


「すみません、前言撤回します」


 素早く切り返すと、ホークスはわずかに笑ったように見えた。


 基本、人形のごとく無表情を貫くホークスがこんな風にわずかでも感情を見せるようになったのはおそらく彼が公爵家の女当主と一緒になってから。二人で居るときはいったいどんな顔をしているのか、フィルは密かに気になっている。


 シンプソン公爵家の当主を務めるレミリア・シンプソンは、なんというか、底が知れない人物だ。元夫であるアントン・シンプソンから離縁を申し立てられた彼女が、逆にシンプソン氏を言い出して当主の座に収まったのはまだ記憶に新しい。たまたま傍聴席で裁判を聞いていた知り合いは「今まで見たどんな演劇よりも面白かった」と言っていた。



「ホークスさん…… 怒られたくないんで最後にこれだけ」


 書類に落とされていた顔がこちらを向く。

 鋭い双眼に睨まれると自然と目線が下に落ちた。


「俺、仕事してるホークスさんのこと見るのは好きです。だけど、レミリアさんはそういう姿を知らないから……あんまり不安にさせない方が良いかと」


「………分かってる」


 おそらくこの場合の「分かっている」は文字通り理解しているという意味。だけどきっと彼は変わらない。相変わらず自分の幸せに疎い人間だと思うし、私生活を犠牲にして他人のために生きる様はフィルには共感できない。


 レミリアが寂しそうである、という情報はユミルから聞いた話だった。ここ数週間ずっと、公爵家の女主人は姿見を見て溜め息ばかり吐いているらしい。つい先日なんかは「太ったかしら」と聞いてきたとか。一人の時間が増えて奥様の自信が消失している、とユミルは心配していた。


 この様子じゃあ、すぐに改善は難しいだろう。

 何食わぬ顔で仕事を続ける上司を見てフィルは内心苦々しい気持ちでいっぱいだった。



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