名探偵ユミル3
「ホークス………!」
驚くレミリアから目を逸らして、ホークスは後ろで立ち尽くすフィルとユミルを睨む。巻き込んだ二人に申し訳なくて、咄嗟に両腕を差し出した。
「待って、彼らは関係ないの!」
「どうだかな。揃いも揃って着飾って、よほど気合を入れて来たようだ。ユミルはともかく、フィル……お前は絶対にふざけてるだろ」
「ホークスさん、自分はふざけてないです!」
敬礼のようなポーズを取るフィルの口元にはずり落ちた短い髭が付いている。眼鏡だけで構わないとレミリアたちが説得したのに、彼がどうしても譲らなかったこだわりの髭だ。
尾行対象にバレてしまった上に、かなり怒らせてしまった。この空気では「あの女性は誰なの」とは聞きづらい。聞ける空気ではない。
どうしよう、と思い悩むレミリアの後ろで盛大に鼻を啜る音がした。
「あの……ッ、ホークス先生……!どうか奥様とフィルをお許しください……!!私が全部悪いのです。探偵面だからちょっと調子に乗ってしまって……!ふぅぅっ……」
大粒の涙を浮かべてそう謝罪するユミルを見てレミリアはギョッとした。ホークスも面食らったようで瞬きを繰り返している。
しかし、やがて、短いため息を吐いて奥のテーブルへと声を掛けた。
「ステイシー!悪いがこっちに来てくれ」
名前を呼ばれたのは先ほどの短い髪の女。
近付いて来た姿は小柄で、その人懐っこそうな笑顔にレミリアは見覚えがあった。
「紹介する。妻のレミリアだ。後ろに居るのはメイドのユミルと俺の助手のフィル」
「まぁ!実際にお目に掛かれて光栄です。母からいつもお話は聞いているんですよ。いつかお屋敷に伺いたいとずっと思っていたんです」
「………母?」
レミリアは目を見開く。
女は嬉しそうに頷いて見せた。
「ええ。マーサ・ガレットは私の母なんです。怪我をして入院したりしていた関係で、お会いするタイミングを逃してしまってすみません」
「えっと……貴女は、ホークスの……」
「はい、従姉妹です」
眩暈がした。あと、とんでもない羞恥心。
浮気を疑って尾行した夫が密会していた相手は彼の従姉妹。しかも、ステイシー曰くホークスは彼女の職場の相談に乗っていただけだという。給与の支払いが滞りがちで、辞職するかどうかを悩んでいるらしく。
「フィル、優秀な助手に頼み事をしても?」
どう見ても頼む立場の人間の顔ではないが、ホークスの声にフィルは何度も首を縦に振った。
「もちろんであります!ホークス大先生の頼みであれば、何なりと!」
「よし、お前はステイシーを送り届けてユミルと二人で屋敷に戻ってくれ」
「ホークスさんは?」
「俺はレミリアと帰る」
レミリアは今すぐここで気絶したいと思った。
もしくは、フィルたちと共に公爵家の車で家まで帰りたい。これはこれは勘違い失礼いたしました、と笑顔で速やかに場を去りたい。
だけれど、そんな願いは叶わず、レミリアは三人と別れてホークスの車の助手席に乗ることになった。相変わらず、山のように書類を積んだ動く机のような車に。
「レミリア、」
声を聞いても俯き続ける。
情けない。本当に、情けない。
「こっちを見てくれないと話が出来ない」
優しい声音にレミリアは罪悪感を覚えた。
「………ごめんなさい、不安になっちゃったの。疑ったりしたくなかったんだけど、一度考え出したらどうしても止まらなくって」
ホークスは感情豊かな人間とは言い難い。慣れてくるとわずかな表情の変化から、それとなく察することは出来るものの、お世辞や社交辞令なんかを言うタイプではない。
したがってもちろん、無駄な愛の言葉もない。
だから時々、分からなくなってしまう。
「もちろん信用はしているわ。日々感謝もしてる。これは私の性格の問題というか、私だって女だからちょっとは不安になったりするの……!」
子供じみた告白の末、変な間が生まれた。
レミリアはドキドキと高鳴る胸に手を当てながら「また余計なことを」という後悔に苛まれる。ホークスの前で本音を出し過ぎる癖は良い加減に治したい。そうじゃないと困る。
目を閉じて緊張を逃がそうとするレミリアの手に、大きな手のひらが重なった。ビックリして開いた瞼の向こうで、思い詰めたような顔のホークスが居る。
「いいか、レミリア……一回しか言わない」
「え?」
「俺は公爵家の女主人に心底惚れてる。たぶんあんたが想像するより遥かに。だから、こんな無駄な真似はするな」
レミリアは息を呑んで、勝手に口が開いた。
「あ……ごめんなさい、もう一回だけ」
「言わない」
がっくりと項垂れるレミリアの頭から帽子を奪って、ホークスは赤い毛に指を絡ませる。もう一度目を閉じるべきか少し悩んで、瞼を伏せた。
「キスしてちょうだい。すごく甘いやつ」
「………公爵家の当主様はそうでないと」
レミリアは笑いながら降ってきた口付けを受け止める。踏ん反りかえって威張り散らして、それで転んでしまっても良いと思う。そのときはきっと、この優秀な弁護士が引っ張り上げてくれるから。
End.




