55 エピローグ
レミリアの朝は早い。
太陽が昇る少し前に起床して、隣で丸まる大きな猫みたいな男を眺める。ひとしきり満足がいくまでその気持ち良さそうな寝顔を見届けると、素早く着替えを済ませて階下へと足を運ぶ。
「おはよう、ジェームズ。最高の朝だわ」
「奥様は毎日絶好調ですねぇ。旦那様は遅くまでお仕事をされていたようですから、今朝はそっとしておいた方が良いでしょう」
「ええ。だからキスだけして降りて来たの」
呆気に取られて固まる料理長の前でレミリアは朝刊を広げる。ほとんどが見知ったニュースばかりだったが、一つだけ面白い記事を見つけた。
「アントンが営む羊毛の会社が経営難で事業を畳むみたい。負債が膨らんでたのね、大変そう」
「ダフ男爵家の夫人は随分と派手な生活がお好きなようでしたから……」
レミリアはぼんやりと浮かぶ二つの顔を追い払って、バサッと新聞を机に置いた。
元夫とその恋人の人生にはもう特に興味はない。時折、思い出したように届く義弟ヘイズからの悪態を吐く手紙を除けば、公爵家は平和だった。土地の一画に小さな弁護士事務所が併設され、屋敷の住人が一人増えたことなんかは、大したニュースではないから。
料理長と二、三言会話をしてレミリアは食堂を去る。階段の踊り場で、下へ降りて来る途中のユミルとばったり会った。
「おはようございます、奥様!」
「おはよう。今日はなんだかいつもより華やかね?」
ダークブラウンの髪をお下げにしているのが常の彼女だが、今日はそれを解いて細いリボンを頭に結んでいる。
「えっと…… 今日はレコルテ先生の助手の方がいらっしゃると窺っていますので……」
「ふふっ、なるほどね」
訳知り顔のレミリアがにやっと笑えば、ユミルは恥ずかしそうに「失礼いたします!」と頭を下げて去って行った。若いメイドは最近ホークスの助手の青年に想いを寄せているようで。
雇い主の耳にも入れるべきだろうか、と勝手にワクワクしながら押し開けた自室の扉は、反対側から同時に引かれた。
「あら、起きてたの?」
「今起きた」
少しはだけたシャツを見て、余計な時間を思い出しそうになったのでレミリアは咄嗟に窓の外を見遣る。美しい庭園には、春の花々が生い茂っていた。
視線を移すと、部屋の隅に置かれた姿見が目に入る。今まで何度も自分を映してきた古い鏡に、今では二人の男女が映っている。感慨深い感情が押し寄せるレミリアの身体を、ホークスの腕が抱き寄せた。
「どんな高尚な考え事を?」
「何も。庭の花が綺麗だなって思ったの。五月になったら、今年こそお義父様のお墓に一緒に行ってほしいわ」
「………都合が合えば」
膨れた顔でそう言うから、レミリアはそれ以上の追及はやめておいた。ホークスと義父、つまり彼の父の関係については口煩く意見出来るものではないと分かっている。だけどいつか、エイドリアンに二人で良い報告が出来る日が来れば、と思っていた。
「そういえば、巷では俺はシンプソン公爵のペットだと噂されてるらしいんだが」
「まぁ、だいたいそんな感じよね」
「そこは否定してくれよ」
困ったように眉を寄せるホークスを見てレミリアは軽やかに笑う。少し意地悪をしたくなったので、自分より高い位置にある黄色い双眼を見つめた。
「だって、これは私の一方的な愛でしょう?犬や猫と同じように、飼い主からの身勝手な愛でそばに置いているのよね。貴方は優しいから一緒に眠ったりしてくれてるだけで」
「………嫌な言い方をするなぁ」
「なら、違うって言うの?」
詰め寄ったつもりはないけれど、ホークスはもうお手上げといった様子で両手を挙げて見せた。再び伸びて来た腕がレミリアの身体をくるりと回す。
「好きだよ。目が離せなくて困る」
珍しい困り顔が面白くて、二人してくすくすと笑い合った後で、レミリアは口付けを受け入れた。
◆ごあいさつ
ご愛読ありがとうございました。
おまけ程度の話を一話挟んで完結です。
私はお話を書く際に勝手にそれっぽい曲を聴きながら書くのですが、本作はindigo la endの『夜汽車は走る』とMrs. GREEN APPLEの『ダーリン』を聴いていました。知らんがな、という話ですみません。
またどこかでご縁があれば、よろしくお願いいたします。
ではでは!
P.S.
恋愛小説としてはあまりに味気ないのでは、と思ったので三話ほど番外編を追加しました。金曜日に番外編含めて完結の予定です。




