54 真実の愛
シンプソン公爵家に、何度目かの春が来た。
レミリアが当主になって初めての茶会が来週末に開かれる予定なので、茶葉諸々の選定や来客リストの作成などで屋敷はまた忙しい日々を過ごしている。昨日なんかは茶菓子の試作を頼んでいた料理長から「右手が腱鞘炎になりそうだ」と言われた始末。
「それでどうして俺が厨房に?」
不満極まりない顔で問い掛けるホークスにレミリアは満面の笑みを返す。
「だってマーサが貴方はあの美味しいチョコレートテリーヌのレシピを知っているはずって教えてくれたんだもの。それに私はこの通り、足首を痛めているから」
「仮病も良いところだ。擦り傷だって言ってただろう」
「だけど傷口が膿んだら大変だし、私に包丁を持たせたり、オーブンの中を覗かせるのは怖いでしょう?」
「俺はあんたの図々しさが恐ろしいよ」
真顔でそんなことを言われたので、すかさずレミリアはホークスのつま先を踏む。低いうめき声が返って来たので「ごめんなさいね」と謝っておいた。
一日だけのお友達として過ごしたホークスとは、その後もなんだかんだ言いつつ良い関係が続いている。すっぱり諦めようと何度も決意したのに、そんな時に限って向こうから連絡が来たりと、結局付かず離れずの距離感を保っていた。友人のデミルカには怒られるから、言えてないのだけど。
「こんなことしてる場合じゃないんだよ。俺には他に真剣に取り組まないといけない案件が……」
「また下着泥棒の弁護?」
「違う、あれは冤罪で一回切りだし、もう片付いた。事務所のために今借りてるビルが老朽化で取り壊されることになって、早く新しい場所を探す必要があるんだ」
「あら、そうなの?」
困った顔でそういうホークスを目で捉えつつ、ピコンと頭の中に案が浮かんだ。逸る気持ちを抑えて、慎重に言葉を考える。
「実はね…… シンプソン公爵家でも新しい人員を募集しようと思っているの」
「奇遇だな。また契約書の件で何か手伝えることがあれば呼んでくれ。言っても、今までの書面と変わらないと思うが」
「ありがとう、助かるわ」
軽い調子で礼を述べると、ホークスはそばに置かれたカップを手に取って口を付けた。休憩に入る前に料理長が淹れてくれたコーヒー。
「しかし、どういうポジションを探すんだ?主人が一人なんだからそんなに世話係は要らないだろうし…… 誰かが辞職したのか?」
「いいえ。ただ、私を支えてくれる素敵なパートナーがほしくなっただけ」
質問に答えただけなのに、ホークスは目の前で勢い良く咽せた。苦しそうに震える背中を摩るべきか考えているうちに、身体の主が振り返る。
「再婚を……?」
「まさか。人手が足りないから、純粋に助けてくれる人がほしいだけよ。やっぱり女主人って色々と心配だし、出来れば男性だとありがたいわね」
「…………、」
「料理が出来たら嬉しいし、こういう貴族の家のことって難しい取り決めもあったりするから法律に強いと良いかもしれない。若いと文句はないし、住み込みで働いてほしいから独身の方が良いわね」
「………レミリア」
「うん?」
顔を上げたら、思ったより近くにホークスが居たので驚いた。ここまできたら怯むわけにはいかないので、とにかく涼しい表情を貫く。
「幸せにしてくれなくて結構。勝手に足掻いて、勝手に幸せになるから」
「俺は、」
「ただそばに居てくれるだけで良いの。どこにも行かないで、手が届く範囲に居てほしい。それだけで私は十分幸せなの……」
気丈な態度で居たかったのに、あまりに真剣な顔で見つめるからどんな顔をすれば良いか分からない。堪え切れずに下を向いたら、見慣れた革靴が半歩ほど前に進み出た。ずしっと頭が重くなる。
「事務所の家賃は?」
「………敷地内の別邸なら好きに使って」
「あんた何か誤解してるみたいだが、俺はどこにでも居る弁護士だ。親不孝者で、金もないし、善良な人間でもない」
「でも、王子様に見えたの」
「はぁ……?誰が?」
レミリアはにこりと笑って目を丸くするホークスを指差した。




