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旦那様、その真実の愛とお幸せに  作者: おのまとぺ
第四章 奥様、その恋全力で応援します!
53/63

53 日曜日5



 エロイーズの掴んだ割れた瓶の先端が、レミリアの頬に到達する前にホークスが彼女の身体ごと地面に押し倒した。手から抜けた瓶はそのまま足元に落下して、大きな音を立てる。


 驚いて固まるレミリアの前で、エロイーズは大きく口を開いて吠えるように叫んだ。



「貴女のせいで何もかもめちゃくちゃになった……!!アントンは心の病を患ってずっと部屋から出て来ないし、面白がった記者や街の人たちが屋敷には毎日のように押し掛けてくる!!私たちは良い笑い者よ!!!」


「判決を聞いただろう。お前たちが起こした裁判だ。これ以上話し合うことはない」


「貴方だってこの人の使い捨ての駒でしょう!?この女はそういうことを平気でするのよ。澄ました顔で夫を応援すると言いながら、裏ではせっせと当主の座を乗っ取る計画を進めていたの!」


 狡猾な女、と吐き捨てるエロイーズの強い視線を受け止めて、レミリアは息を呑んだ。


 親しい使用人には漏らしていたように、自分の行いに迷いがなかったわけではない。きっと街の人たちに聞いて回っても、善悪の判断は割れるだろう。だけど、迷いを持ったままでは進められなかった。



「……エロイーズさん、邸で二人でお話をしたときに貴女は仰いました。ほしいものは自分で手に入れると」


「何よそんな昔の話………」


 綺麗に手入れされた黒い髪。長いまつ毛を何度か瞬かせて、エロイーズは不快そうに顔を顰めた。


「あのとき、素直に羨ましいと感じました。自分の欲望に忠実に生きる貴女は、人間らしくて愛らしいと思ったのです」


「バカにしてるの……ッ!?」


「いいえ。だけど、私にも似た思いがあります。私は大切なものを自分の手で守りたかった。私にとってのそれは、シンプソン公爵家とそこで働くたくさんの使用人たちでした」


 無口な料理長。

 わいわいと世話を焼いてくれるメイドたち。

 いつも綺麗に庭を整えてくれる庭師に、正確なルートで送迎してくれる運転手。他にも思い浮かぶ顔は多々ある。


 あの日、亡き義父に託された願いを叶えるのが、自分の使命だと思った。人の顔色を窺って、流れを読むように生きて来たレミリアが、初めて、自分の意思で取り組みたいと思えたこと。



「アントンの真実の愛を応援したいと感じたのは本当です。貴女たちが幸せになる邪魔をしたいなんて思っていません」


「じゃあどうして……!」


「あのお屋敷は譲れないのです。彼も、彼が受け取るべき分割した資産もお渡しすることを約束します。だからどうか、公爵家から手を引いてください」


「レミリア、」


 ホークスが何か言いかけたが、歓声のような声を上げて立ち上がったエロイーズがそれを掻き消した。ずるっと地面から身体を離すと、細い腕でレミリアの肩を掴む。五本の指が肌に食い込むような力強さを感じた。


「本当なのね……!??」


 爛々と輝く瞳を見据えて頷く。


「ええ、本当です。今までアントンの名前で管理されていたシンプソン公爵家の資産の半分を彼にお譲りいたします。彼に遺された土地に関しても、これまでと同様に所有権があります」


「やったぁ……!!爵位なんて良いのよ、うちだって男爵家だし、べつに平民になるわけじゃないもの。お金がそれだけあったら借金も返せるでしょうね!あぁ、良かった!これで隠れるみたいに生きなくても良いわ」


「それはどうでしょうね」


「えっ?」


 驚いたように目を丸くして固まるエロイーズの顔を真っ直ぐに見て、レミリアは首を傾げた。


「貴女たちは当主権を取り戻すために虚偽の申し立てを行いました。あの裁判を聞いた者たち、そして今この場を目にしている人たちが、どう思うのか。私はとても興味があります」


「なにを………っ!!」


 慌てた様子でエロイーズはレミリアから手を離す。

 その後ろでは、何事かと集まって来た街の人々が顔を寄せ合ってヒソヒソと意見を交わしていた。


 レミリアは少しだけ身を屈める。


「グスタフから車で二時間ほどの場所に、良い牧草地帯があるの。大して価値はないけど、だだっ広いから噂話も届かないのよ。必要ならお戻ししましょうか?」


「………ッ!」


 エロイーズは凄い形相で顔を上げると、来た道を勢い良く戻って行った。黙って傍観していた人たちも各々が元の場所へと戻って行く。何か言いたそうなホークスが隣に立ったのを見て、レミリアは笑顔のようなものを作ろうとした。



「ふふっ、また強くなっちゃったわ。意地悪な女みたいに見えたかしら?」


 何も返さずに弁護士はレミリアの背中に手を回すと軽々と身体を持ち上げた。突然宙に浮いた自分の足を見て、絶句する。


「待って!何事!?」


「怪我をしてる」


 不機嫌な物言いに視線を下せば、足首から血が流れている。落下したガラス瓶の破片が飛んだのだろうか。


「大袈裟よ、こんなの擦り傷だから!」


「あんたのメイドの伝言は正しかったな。確かに大きめの荷物を運ぶことになった」


「失礼ね!べつに運んでくれなくても結構、」


「冗談だよ。思ってたよりも遥かに軽い」


 喜ぶべきなのか、怒るべきなのか。

 レミリアはただ恥ずかしさに目を白黒させながらその短くて長い時間をやり過ごした。屋敷までの道中、ホークスは何も喋らず、二人は形式ばった挨拶をして別れた。



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