52 日曜日4
出会い方が違えば。
何か、もっと、可能性はあったのだろうか。
適当に入った美術館で一緒に奇妙な絵を見て互いに勝手な意見を言い合った。半分凍ったような道をひっくり返りそうになりながら歩いた。そうして二人して冷えた身体を温めるために近場にあったカフェに適当に逃げ込んだ。
「ふふっ、こんなに楽しかったのは久しぶり」
「そりゃあ良かった。こっちも良い気分転換になったよ。どうだ、なかなか便利な運転手だったろう?」
メニューの向こうでホークスは微かに笑う。
レミリアは何度か頷いて肯定した。
「だけど、今日は感謝のための日だったのに貴方が全部支払いを済ませたわ。レストランのときだってどうして私が戻る前に払っちゃったの?」
「当主様が遅かったからウェイターに追い出されないか心配だったんだ。おかげでチップまでたんまり請求された。あの若い男、なかなかやり手だな」
「私だって公爵家の当主なの。今日は貴方にお礼したいから、せめて何か……」
「どうせ家の資産だって返すつもりなんだろ?」
「…………!」
視線はメニューの上に落としたままでそう言うから、レミリアは返答に困った。
ホークスの推測は正しい。
レミリアは確かに、シンプソン公爵家に残された資産を邸を追い出したアントンと分割する予定でいた。もともと別にお金目当てで当主になったわけでもないし、すべてを乗っ取ったのではこちらとしても後味が悪い。
「なんで分かっちゃうのかしらね。貴方と話してると時々、全部見透かされてるんじゃないかと思って怖くなる」
「べつに俺はエスパーじゃないさ。ただ、俺の知る公爵家の女主人だったら、そうするんじゃないかと思っただけだ」
「そうね…… そのつもりよ」
レミリアは溜め息を吐いて下を向く。恨まれて、憎しみを受け続けることに慣れているわけではなかった。仮にも三年の夫婦生活を共にした元夫を、どん底に突き落として笑いたいわけでもない。
ただ、自分の場所を守りたかった。
それが与えられた役割なのだと思っていた。
いまだに「正しいことをした」という満足感などはなく、過ぎた出来事を思い返しては眠れない夜もある。だけど、こうするしかないと思ったのだ。アントンの性格、そして自分に残された時間を考えたら、これが最善だと。
カフェでの短い休憩を終えて会計を済ませ、店を出たのが夕方のこと。なんだか現実感のない夢のような一日で、ぼんやりとした頭で車まで歩いていると、近くでガラスの割れる音がした。
驚いて振り返った先に立つ人物を見て、ハッと目を見開く。相手はすごい剣幕でこちらに向かって来ていた。通路に転がった空き瓶を拾い上げて、細い腕が高々と掲げられる。
「どうして貴女が……!!アントンの家を返しなさいよ………ッ!!!!」
エロイーズが振り下ろした水色のガラスが自分に向かって弧を描くのを、レミリアはまるでスローモーションのように眺めていた。




