50 日曜日2
「それで、あんたは友達の頼みで広場に来てみたら俺が居たってわけか。悪かったな。なんなら屋敷へ送り届ける間は隣国の貴族令嬢を演じるよ」
「いえ…… というか、ごめんなさい。きっとデミルカが面白がって計画したんだと思うの。前に貴方と少し関係が悪くなったと相談したことがあって、たぶん変な気を回したのよ」
「悪化も何も、俺はただの仕事を受けた人間だ」
「そうなんだけど………」
それっきり、言うこともなくなってしまってレミリアは下を向く。
どこか遠くで誰かがクラクションを鳴らす音が聞こえる。日曜日のグスタフは出掛ける人が多いからか車も混み合っているらしい。気合いの入った服を着て来たくせに、すごすごと家へ帰るのは我ながら間抜けだ。こうなったら自分だけ、レストランで降ろしてもらおうか。
「あの、ホークス」
「それで今日の予定は?」
「え?」
聞き返したレミリアの隣で、ホークスはハンドルを握ったまま前を見ながら口を開く。
「俺は貴族の令嬢役を演じれば良いんだろう?言葉遣いは上手くできる自信はないが、話し相手ぐらいにはなれる」
「………一緒に、居てくれるの?」
返事の代わりに車は走り出す。
レミリアは慌てて予約されているレストランの名前と場所を伝えて、計画していた今日のスケジュールについて話した。とはいっても動かせないのは昼食の場所ぐらいで、あとはいくらでも変更は出来る。裁判のお礼も兼ねて、食事をご馳走するということなら良いかしら、と心の中で言い訳を考えた。
◇◇◇
自慢ではないけど、会話は得意だと思っていた。
とくにテーブルを挟んで繰り広げられる当たり障りのない話は、幼い頃から両親のもとを訪れて来た客人たちを見て来たせいか、自然と身に付いている。
と、思っていた。
「えっと…… この白ワイン美味しいわね!西部のミルトン地方に行けばこういうさっぱりした味のものが多いと聞いたことがあるわ」
「それは水だろう。昼間から飲むと頭が痛くなると言ったのはあんただ」
「あー………そうだったかしら?」
どうしたのか問いただしたい。
いつものように頭が上手く回らないのだ。
緊張など無縁と思って生きて来た自分が、ただの食事で手を震わせている。水と酒の違いも分からないようでは、今から運ばれて来る食材の感想なんて言えるはずがない。
「悪かったな」
「えっ?」
一人で焦っているレミリアは突然の謝罪に驚いた。
ホークスはテーブルの間を縫って歩くウェイターを黙って見つめている。その言葉が何に対するものなのか考えあぐねているうちに、また薄い唇が動いた。
「弁護士の件…… 突き放すような真似をしたこと、反省してる。随分と大変だったろう。ラッセルからも説教を受けたよ」
「それは貴方のせいじゃないわ。もともと無理矢理に頼んでいたんだもの。確かにお茶の消費量も多かったと思うし……」
冗談のつもりで言ったのだが、ホークスは暗い顔をしたままで何も言わない。再び悪い方向に引っ張られそうな思考にストップを掛けるため、レミリアは「それじゃあ」と努めて明るい声を出してみた。
「今日は、友達ってことで過ごしてみない?」
「なに……?」
黄色い二つの目が丸くなる。
レミリア自身、自分の発案にびっくりした。
「そうね、えぇ。悪くないわ。せっかくのお休みだもの!ちょうどパァッと遊びたい気分だったし、天気だってこんなに良いのよ?」
「レミリア、」
「貴方だって言ってたじゃない、貴族令嬢のフリをするってね。私の遊び相手を務めるのは大変よ。気分が変わりやすいし、ちょっと我儘だから」
何か言いたそうなホークスの瞳を覗き込んで、レミリアは微笑んだ。自分の気持ちに終わりを告げるために、少しの時間がほしい。
そうすればきっと、もう欲しがることはないから。
「お願い…… 今日だけ付き合って、ホークス」
優しい弁護士が渋々に了承するのを見て、安堵の息を漏らす。デミルカたちが作ってくれたこの時間を、最後の思い出作りに充てて。そして、自分の気持ちを封印することをレミリアは決めた。




