48 土曜日
友人であるデミルカ・ブラウンから奇妙な手紙を受け取ったのは、ラッセルとの食事会を終えた土曜日のことだった。いつものように朝食を終えて自室に戻り、ゆったりとお茶を飲んでいたとき、メイドのユミルが何やら焦った顔でやって来たのだ。
「あの、奥様!急ぎの郵便です……!」
「急ぎ?」
誰かの訃報か、見知った友人が事故にでも遭ったのか。はたまた、まだ諦めきれていないシンプソン兄弟からの新たな挑戦状か。
そんな気持ちで封筒をひっくり返して差出人を見たら、よく知った名前で驚いた。
「デミルカから……?」
「はい!」
こくこくと深く頷くユミルに急かされるようにレミリアは封を開く。真紅の封筒の中には、白い便箋が一枚だけ入っていた。意を決して、書かれた文字を追う。
内容はいたってシンプルだった。
どうやら、彼女の大切な友人が明日国外から来る予定なのだが、デミルカ本人の体調が優れないということで、代わりにレミリアにグスタフの街を案内してほしいと。
(随分と急な頼みね………)
自身が医者でもある夫のブラウン伯爵から何かの風邪を貰ってしまったのだろうか。その可能性は大いにある。去年の夏だってデミルカは咳が長続きする流行りの病気に罹って寝込んでいたから。
「ユミル…… 明日出掛けることになったの。悪いんだけど洋服を選ぶ手伝いをしてくれない?」
「もちろんでございます!」
「……? どうして貴女が嬉しそうなの?」
「えっ?それは…… それは、やはり、奥様に頼っていただくとメイド冥利に尽きるといいますか……」
「素晴らしい心構えね。シンプソン公爵家は貴女たちの努力で成り立っているから、本当に感謝しているわ。明日は何かみんなに甘いものでも買って来るから、期待して待っててね」
「ありがとうございます、奥様!」
嬉しそうに笑みを溢すユミルを見て、レミリアも自然と笑顔になる。
やっと戻って来た穏やかな日常の中で、このままでも十分に幸せなのだと分かっている。欲を出してはいけない。幼い頃からいつだって、弁えて生きてきたのだ。大切な人を困らせるぐらいなら、自分が身を引けば良いだけ。
「明日はどのようなお召し物になさいますか?」
「……控えめで良いわ。初めてお会いするお客様だから、相手を引き立てるようなものを」
「あの、ですが………」
何か言いたそうに目を泳がせるユミルが気になって、レミリアは「どうしたの?」と尋ねた。
「差し出がましいのですが、最近の奥様は大変な問題続きで大層お疲れだったと思います。せっかくのお出掛けなので、少しお洒落を楽しまれても良いかと……」
「あらまぁ……そうねぇ」
一生懸命に伝えてくれた彼女なりの言葉を、真っ向から却下するのは忍びない。レミリアは少し考えたあとで、小さく頷いた。
「分かったわ。明日の服装は貴女に任せても良いかしら?春に向けて、気分が明るくなるものをお願い」
「承知いたしました、奥様……!」
こうしてレミリアは、久方ぶりの楽しい予定に向けて準備を進めることになった。有難いことにレストランの予約などはデミルカの方で済ませておいてくれたようで、あとは隙間時間の話題を考えるなどしておけば良いだろう。
女性であればショッピングを二人で楽しんでも良い。グスタフは絹製品が有名な街なので、繊細な刺繍が入ったショールなどを買い求めに他の国から来る人も少なくない。頭の中でいくつかの店をリストアップしながら、どの順番で回ろうかと考える。
(不思議ね…… 少し前までは不安で堪らなかったのに)
こんな日常に戻ることが出来たのはすべて、支えてくれた人たちのお陰。ホークスやラッセルはもちろんだが、マーサやユミル、料理長など。感謝はきっと、どれだけしても足りない。




