46 木曜日◆ユミル視点
明日の夜には、裁判でお世話になったラッセル先生がお屋敷にいらっしゃるということで、奥様は今日準備に追われていました。そんな日に午後の休暇をいただくのもどうかと思いましたが、使用人仲間たちも快く送り出してくれたので感謝しています。
ブラウン夫人から預かったメモは、結局のところポケットの中に仕舞われたままで木曜日を迎えてしまいました。合間に出掛けたい気持ちは山々だったのですが、いかんせん時間がなかったのです。人様に頼める内容でもなかったので、対応が遅くなったことを反省しています。
(お留守でないと良いのですが……!)
逸る気持ちを抑えつつ、私はバスに飛び乗ってレコルテ先生の事務所まで向かいました。先生の事務所は、シンプソン公爵家のお屋敷から車で十五分ほどの場所にあります。
バス停を降りて歩くこと数分。
事務所の小さな看板を見つけて、私は呼び鈴を鳴らしてみました。以前来たときと同様、返事はありません。あまり時間はないのでどうしようとオロオロしていたところ、建物の横の細い階段を誰かが降りて来ました。
「お客様?」
顔を上げれば、自分と同年齢ほどの若い男が立っています。
私は控えめに頷いてみました。
すると、男は「ついて来て」と言い残して再び階段を登って行きます。白いシャツにスラックスという格好からして、彼も事務所の人間なのでしょうか?疑問に思う私の前で、四角い扉が押し開かれました。
「先生ー、お客様らしいでーす」
「間延びした呼び掛けをするな」
不満げな声とともに姿を見せたのは、私もよく存じ上げるホークス・レコルテ先生でした。今日も今日とて忙しいのか、徹夜明けのような顔をしています。
ドリーの言葉を思い返しながら、私は目の前であくびを噛み殺す男の観察をしてみます。短めの茶色い髪に切れ長の瞳は確かに聡明そうで、滲み出る疲労感はあるものの、整った顔立ちです。しかし、仕事柄なのか先生にはそういった黄色い声などお呼びではないピリリとした空気がありました。
案内役を終えた青年は「昼休みは十分延長で」と言い残して、また軽快に階段を降りて行きました。私は先生と顔を見合わせます。
「優秀な助手だが、少し誠実さに欠けるんだ」
レコルテ先生は独り言のようにそう言って私を部屋の中に招き入れました。中に入るのは初めてのことなので、緊張してしまいます。
「君はシンプソン公爵家のメイドだろう?」
着席を勧めながら受けた問い掛けに私は慌てて首を縦に振りました。
「屋敷で見かけたことがある。使用人の人たちはその後とくに変わった様子はないか?元当主が無理矢理に乗り込んで来ることはないと思うが、君たちの女主人が困っていたら教えてくれ」
「あ……あの!奥様から預かったものが、」
私が差し出したメモをレコルテ先生は不思議そうに受け取りました。四つ折りにされた紙を開いて、内容を読み取った双眼が丸くなります。どんなことが書かれているのかと、湧き上がる好奇心を必死で抑え込みます。
「これを、俺に?」
「えっと……はい」
「なんだか疑わしいな。彼女らしくない頼みごとだ。それに、筆跡だって随分と違う気がするが……」
「さ、さぁ……?私はただのメイドなので、申し訳ありませんが詳しい内容については分かるかねます……!」
なんとも苦しい返答を聞いて、レコルテ先生は少しだけ笑ったように見えました。その後は長居するわけにもいかないので、公爵家の近況を共有して、私はいそいそと事務所を後にしたのです。




