45 水曜日
「それにしても、あの愚息の態度には本当に腹が立ちます!オリアナが生きていたらきっと声を荒げて地団駄を踏んでいたはずですよ、彼女は教育熱心な子だったもので」
「まぁまぁ、落ち着いて……」
元乳母がシンプソン公爵家を訪問して来たのは、ある水曜日のこと。
部屋に入るなりプリプリと怒り出してそう言うマーサの話を詳しく聞いていると、どうやら裁判の後にホークスと話す機会があったようだ。店に入ってお茶をしたという二人は、彼が家を出たその後のことに関して積もる話をしたのだろう。
鞄を置いてソファに腰掛け、何度か深呼吸を繰り返す老婆を見ながら、文句を言いつつ彼女の表情がいくらか明るいことに気付いた。長年心配していた甥が見つかったのだから、当然。
「お嬢様……裁判、お見事でした」
「ホークスのおかげよ。彼が提示した証拠がなかったら、私たちは勝てなかった」
頭の中では当日のことを思い返す。
偽の当主印、用意された役所勤めの証人。アントンの弁護士たちは念入りな用意をしてあの場に合わせて来た。こちらが正攻法で戦おうとしても、無理があったのは明白だ。
「親不孝者の子ですが、誰かの役に立てたのなら私としても嬉しい限りです。二人で話して分かったのですが、どうやら私も知らない間に妹の墓にも行っていたようで……」
「彼なりに思うところがあったんでしょうね」
「そうですね。確かに供えられた花が新しかったりして不思議に思うことがあったので、納得しました。一言連絡をくれたら良いのに……妹に似て頑固というか……」
マーサはそこでハンカチを取り出して目に当てると、しばしの間黙り込んだ。チクタクという時計の音を背中に聞きながら、レミリアは戻って来た時間のことを思う。
幸せになれよ、とホークスは言った。
愛する人の腕の中で聞いたその言葉は、聞こえないフリをするのが精一杯で、何も返すことは出来なかった。もちろん、彼が本心からレミリアの幸せを願って言ってくれたのだと理解している。
「ところでお嬢様、裁判の結果はワーレム辺境伯にはご連絡しましたか?お会いする機会があるのですが、私からお話するのもと思いまして……」
「ええ、もちろんよ」
「それなら良かったです。旦那様も奥様もとても心配してらっしゃいました。先日手紙で伺ったお話だと、奥様は長女のマーガレット様のご出産に付き添うために隣町のオグズワードに滞在するご予定らしいです」
「まぁ、お姉様が?」
レミリアは初めて知る姉の話に驚いて見せた。
もしかすると、いくつかの開けていない手紙の中に埋もれているのかもしれない。この、手紙を溜め込む癖は、山のように届いていたアントンとヘイズ兄弟からの手紙を受けて生まれたものだが、そろそろ直さないと誰かの机のように雪崩を起こすだろう。
記憶が正しければ、幼馴染みの公爵と結婚した五つ年上の姉はオグズワードで暮らしている。隣町という近い距離感でありながらも姉妹の交流は少なかった。というのも、優秀な姉は人当たりもよく、いつも忙しそうだったから。
「じゃあ、挨拶ぐらい行かないとね。赤ちゃんのものはよく分からないんだけど、今度一緒に買い物に付き合ってくれる?」
「もちろんですとも!そのようなことは乳母の得意分野でございますから。ところで、そろそろ病院の時間でして。せっかくなのですが失礼いたしますね」
「えっ、どこか悪いの?」
「娘が仕事中の事故で入院しております。それほど重い怪我ではなかったので、もうすぐ退院予定なんです」
病院の場所を聞くと、なんとデミルカの夫が経営している病院だという。レミリアはマーサの娘によろしく伝えるように頼んで、丸くなった背中が屋敷を去るのを見送った。




