43 月曜日◆ユミル視点
奥様に頼まれたハンカチを手渡すと、その女性は私の顔を食い入るように見つめました。爪先から頭のてっぺんまで細かに動く視線に、私は生きた心地がしません。何か気に触ることをしてしまったのでしょうか?
「貴女、探偵に向いてる顔してるわね」
「へ?」
「よしきた、適任だわ」
ブラウン夫人はしたり顔で何度か頷くと、小さなカバンからノートを取り出します。赤いペンで何かを書き込むと、私の方へずいっと差し出しました。
「これをレコルテ先生って人に渡してちょうだい」
「え、私がですか?」
「貴女にこの仕事を任せたいの。とても重要な仕事よ。メモの内容は分からなくて良いから、金曜までに、レミリアには絶対にバレないように届けて」
「あの…… 申し訳ないのですが、私、嘘はかなり下手なタイプでして。もし何か聞かれたときに上手く誤魔化せる自信がありません」
「シンプソン公爵家の当主からだと渡して欲しいんだけど、何か聞かれたら今からする私の真似をしてちょうだい」
そう言って夫人は高いヒールを履いた脚をもう一方の前で交差して、綺麗な手を顔の横で広げました。
「さぁ?」
「えっと……その動作を私が……?」
「ええ。ポイントはまったく記憶にない感じを出すこと。コイツに聞いてもダメだこりゃっていう残念な雰囲気を出せれば完璧よ」
「あの………努力してみます」
私がおずおずと答えると、ブラウン夫人は嬉しそうに微笑んで「その調子よ」と言いました。
メモの中身を盗み見るのは失礼だと考えたので、短い会話をした後、私は紙切れをすぐにポケットに仕舞い込み、その日一日はただ一生懸命に働くメイドという役割を演じました。
◇◇◇
「何かあった?」
「えっ?」
仕事を終えて着替えを行なっていると、同僚のドリーに背中を叩かれました。私は思わず上擦った声を反省しつつ、頬の筋肉に力を込めます。
「べつに何もないわ。いつも通り」
「そうかしら?なんか隠してない?」
「ないったら!隠し事なんて私に出来ると思う?いくら私が探偵顔だからってそんな言い掛かり、」
「探偵顔とは言ってないけど……」
顎に手を上げて奇妙な顔でこちらを観察し続けるドリーに、私は慌てて顔を背けてシャツを脱ぐのに手こずっているフリをしました。
一足早く着替え終わった同僚はされど帰宅する気配はなく、ブラブラと暇そうに更衣室の中を歩き回っています。私はあたふたと衣服を整えることに集中しました。
「私さ、好きだったんだよね」
「へ?」
スカートを膝まで引き上げた体勢で私は聞き返しました。ドリーはこちらに背を向けています。
「レコルテ先生よ。お屋敷で何度か見かけるうちに、なんか良いなぁって思うようになって」
「嘘、本当に……?」
「アンタは鈍いから気付いてないと思うけど、他にも結構彼のファンって居るのよ。まだ若いし、一応弁護士だし、顔も悪くないでしょう?」
「だけど…… ドリー、前に貴女は先生のこと……」
「ええ。よく見てたから知ってるの。気付いちゃったのよ。奥様ならお似合いだし、上手くいってほしいけど、本人たちの気持ち次第よねぇ」
私はなんと答えたら良いか分からず、ただただ制服のポケットに入ったメモのことを考えていました。ブラウン夫人はどんな内容を託けたのでしょうか。あのメモが、二人の関係を前進させるきっかけにでもなるというのでしょうか?




