40 公爵家の当主6
比較的長いその沈黙を破ったのは、奇声にも似た男の声だった。
ぼんやりと向けた目線の先で、頭を抱えたアントンが自分の弁護士たちに迫っている。二人の弁護士は揃って青い顔で、じりじりと壁際に追い詰められていた。
「話が違うじゃないか……!」
「しかし、シンプソン公爵!こちらとしましても、ご要望いただいた通りの出来ることは、」
床に倒されたときに切ったのか、口端から出血した第一弁護士ゴドリック・バギーがあたふたとしながら反論している。第二弁護士は裁判長とアントンの顔を見比べながら、何度も溜め息を吐いていた。
制御不能となったその場を平常に戻したのは、意外な人物の咳払い。二、三度ゲフンゲフンと言うと、リーマン・ラッセルはこちらを見た。
「開廷には間に合うというお話だったじゃないですか」
その発言がどうやら自分ではなく背後に立つホークスに向けてだと気付いて、レミリアは後ろを振り返る。ホークスは気まずそうに頬を掻きながら、視線を泳がせていた。
「間に合う予定だったんだよ。事務所を出たところで取り立て屋と鉢合わせて、」
「まだ善人ごっこを?弁護士仲間として助言しますけど、あまり蓄えのない平民の世話を焼かないことです。痛い目を見ると分かっているでしょう」
「そうは言っても、俺が面倒を見ないと誰が……」
何か言いたそうに開かれた唇から音が発せられる前に、凄まじい剣幕で突進して来たアントンが二人の間に割り入った。
「どういうつもりだ!?」
「あぁ。シンプソンさん」
のんびりと答えたラッセルの方へぐわっと顔を近付けると、アントンは叫んだ。
「とんだ恥晒しだよ!!お前らみんなグルだったんだろう!??僕の弁護士が言っていたぞ、爺さんは貴族専門の有名な弁護士なんだって……!?リーマン・ラッセルという名前を聞いて今思い出したよ、僕が電話で依頼したときには断られた記憶がある!それがどうして妻の弁護士なんかを……!!!」
「依頼は基本的に数ヶ月待ちなものでして。あのときは立て込んでいたんです」
「妻の依頼は受けたじゃないか!」
「依頼主は貴方の元奥様ではありません。私の友人のレコルテくんです」
「はぁ?」
今度は口をへの字に曲げたアントンがホークスに詰め寄った。
「おい、貧乏人!お前が元凶なのか?お前が僕の妻をそそのかして金を盗もうとしたんだろう。妻は従順で良い女だった!それがどうした、今の彼女はまるで悪魔だ……!!」
「………、」
「当主印を持ってるだと?平民のお前が?父から贈られたなんて、笑わせるなよ…… 笑わせるな!!」
「消印付きの封筒が俺の家にある。偽造だと思うなら何処へでも持って行って調べれば良い。その代わり、あんたが持ってる当主印にも同じことをする」
「くそったれ……ッ!!!揃いも揃って詐欺師ばかりだ!シンプソン公爵家は僕の家だぞ!?金だって僕のものだし、屋敷だって僕が管理する立場にあるんだ!妻は真実の愛を応援すると言った。それがどうしてこんな……!!」
それまで黙ってアントンを見下ろしていた黄色い双眼が、不快そうに細められた。
ホークスは身を屈めて、頭を掻きむしるアントンに目線を合わせる。元夫の背中越しに見えたその表情に、レミリアは背筋が冷えるのを感じた。
「真実の愛が何だっていうんだ」
「は……?」
ビクッとしたアントンが顔を上げる。
「あんたの言う真実の愛には金が必要なのか?金がないと成り立たない程度の愛なのか?」
「そんなわけ、」
「じゃあ、なんでここまで馬鹿げたことをする?偽の当主印を作って、役所の人間に口車を合わせるように頼んだんだろう?随分と必死じゃないか。真実の愛が聞いて呆れる」
「お前ッ………!!」
殴り掛かろうとしたアントンの手首を掴むと、ホークスは冷ややかな目を向けた。
「俺は真実の愛の行く末を知ってる。その幻想に縋って不幸になった人間を身近で見てきたからだ」
話を聞きながら、レミリアの頭の中で乳母のマーサの言葉が思い起こされる。貴族と駆け落ちした妹がホークスの母なのだとしたら。
「お前には関係ないだろう!!妻は賛成してくれたんだ、応援すると笑って言ってくれた!!」
「元だろう」
「なんだと?」
「レミリア・シンプソンは元妻だ。それに彼女は悪魔じゃない。あんたが勝手に見つけた真実の愛が今の状態を招いたんだよ」
ひゅっと息を吸う音が聞こえてアントンが盛大に咽せる。その手を払ってラッセルに話し掛けるホークスは、いつもの気怠そうな顔に戻っていた。




