39 公爵家の当主5
「なんで………なんで、お前が、」
驚きのあまり言葉が出て来ない様子のアントンの気持ちがレミリアにも分かる。
理解出来ないのだ。
シンプソン公爵家の弁護士であるホークスが、公爵家の当主印を持っているなんて誰が想像しただろう。その入手ルートとして、レミリアは頭の中で様々な可能性を考える。偶然同じ家紋が存在していたとか、葬儀に足を運んでいたホークスがもともと義父と知り合いだったとか。
しかし、知り合いだっただけで当主印を送って来るとは考え難い。この印ひとつで大きな影響があるもの。ただの印鑑ではない。
「……なるほど、興味深いお話ですねぇ。実にホークス先生、貴方の仰るある人とはいったい誰なのですか?まさか盗人ではあるまい」
含み笑いをしつつ、アントンの第二弁護士が質問をする。失礼な言い掛かりにレミリアはそちらを睨み付けた。
「前当主のエイドリアン・シンプソン氏です」
ホークスの回答に、男は勢いよく吹き出した。
「っはっはっは!!こりゃあ傑作ですね!一介の弁護士の貴方が、貴族から突然当主印を贈られるのですか?素晴らしく夢のある話だ。結構、結構!」
「信じられないなら役所に行けば良い」
「なに?」
「さっき言ってただろう。そっちの証人には役所勤めの男が居る。三十年程度遡れば、エイドリアン氏の前妻の名前が確認出来るはずだ」
ホークスが顔を向けた先で、先ほど証人として供述したグスタフ・アリが真っ赤な顔をして目を白黒させている。まさか自分がこんな役目を任されるとは思っていなかったという表情。
「あんたに出来ないなら別の役所の人間に頼むよ。有難いことに、俺は正義感の強い友人に恵まれているんだ」
そこで一瞬だけ、ホークスはレミリアを見た。
瞬きをしている間に視線はすぐに外れる。
「待てよ、どういう意味だ……?」
すっかり狼狽えたアントンの声が聞こえた。
勝ち気な表情はどこへやら、元夫は髪を掻き乱して下を向いている。両脇で控える弁護士たちが何かをその耳元で囁くと、アントンは大きく舌打ちをして片手でそれを払った。
「お前…… お前は、なんなんだ?何者だっていうんだ……?ただの貧乏な成りをした男が、なんで父から当主印を受け取っているんだ?」
「アントン様、おそらく彼は……」
第一弁護士のゴドリック・バギーがハンカチを額に押し当てながらまた助言しようとするのを、今度こそアントンは床に押し倒した。
冷静ではないのは、誰から見ても明らかだった。
「レコルテ……お前は、もしかして、」
震えるアントンの声を遮ったのは、細くて高い女の声だった。
「ホークス………!」
はじめ、レミリアはその声がどこから聞こえたのか分からずに、ただ部屋の中を見渡した。再びざわめき立つ傍聴席の中に見知った姿を見つけたときにも、頭は一度フリーズした。
そこに立っていたのはマーサだったから。
あの、幼い頃から知っている乳母の。
「あなたって人は……!今までどこで何をしていたの!?オリアナがどんな気持ちで帰りを待っていたか分かってる……!?」
「静粛に。登録のない方の発言は認められません。ご婦人、どうか着席してください」
裁判官の声が届いていないのか、マーサは席の間を縫って前へ前へと進んで来る。
「レミリアお嬢様、墓地で会った女の子が偶然教えてくれたんです!お嬢様が今大変な状況で、近々グスタフで裁判に駆り出されるかもしれないって」
「マーサ、ごめんなさい、心配を掛けたくなくって……!」
「心配だなんて、そんな!お嬢様、気を確かに持ってくださいね。旦那様も応援しておりましたから……!!」
レミリアが言葉を返そうとしたところ、扉が開いて何人かの男たちがマーサを引っ張って行ってしまった。
もう静かになりそうにない部屋の中で、人々は口々に話し始める。それが情報の整理のためなのか、まったく関係のない話題なのかレミリアには分からなかった。
分からないことが、多過ぎて。
「証人ホークス・レコルテ、母と父の名を明かしなさい」
困惑した顔の裁判長がそう命じると、聴衆も耳を傾けるために口を閉ざした。レミリアは自分の心臓の音が外に聞こえてないか心配になる。
「母の名前はオリアナ・ディゴール・レコルテ。父親の名前はエイドリアン…… エイドリアン・シンプソンだ」
ホールに再び静寂が訪れた。




