38 公爵家の当主4
「あぁ、なるほど……!そういうことか!」
暫しの間の後で、アントンの大きな声が響く。
両の手を広げて大袈裟なポーズを取った元夫は、やけに爛々とした双眼をこちらに向けていた。
「レコルテ先生、僕はね、レミリアが弁護士を付けるなら絶対に貴方だと考えていたんです。貴方は確かに父が死んだときにも色々と世話をしてくれたし、多忙を極めて屋敷を空けていた僕に代わって妻に寄り添ってくれていた」
「………依頼を受けた仕事ですから」
「ですねぇ!貴方の顧客のほとんどは平民だと伺いましたが、随分と貴方自身にとっても勉強になったでしょう。あの節は本当に世話になった!」
「原告、私語は慎むように願います」
裁判長が厳しい声で注意すると、アントンは「いやいや」と否定しつつ首を振った。
「これは単なる私語じゃあないさ。なんせ僕の元妻は義弟すら誘惑する女だ。この男だって!きっと甘い口車に乗せられてここに来たに決まってる!」
「違うわ!」
思わず遮るも、アントンは止まらない。
ざわざわと騒めく聴衆、不審な目付きで成り行きを見守る裁判長たちを目にしながら、レミリアは心臓が破裂しそうに感じた。
「唯一縋れる先だったからなぁ。弁護士ではなく証人として登場するとは予想外だが、やっぱり使えるものは使って来たというわけだ。レミリア、弁護士はいないなんてよく嘘を吐いたな!」
「嘘ではないの、私が頼んだときは皆……!」
「いいや、お前は嘘吐きだ!真実の愛を応援するだのなんだのと抜かして、僕を良い気にさせて、土地を奪って当主になるなんて!!」
「余計な発言は自身の首を絞めますよ」
その冷ややかな声を発したのがホークスだと知るや否や、アントンは拳を握って顔を歪めた。
言いたいことはまだ腐るほどあるのだろう。それらを一度飲み込んで無理矢理にでも笑顔を取り戻したのは、ここが彼が選んだ裁判の場であるから。
「……まぁ、良いさ。どんな証言が飛び出すのか知らないが、たかが弁護士に出来ることなんて限られている。まさか当主印の鑑定でも始めるか?」
アントンの言葉に、彼の傍に立つ二人の弁護士は嫌な笑い声を洩らした。確かにパッと見た感じではレミリアのものとの違いは分からない。どんな手を使ったのかは不明だが、腕の良い技師に頼んだのだろう。
何処からかヤジが飛んで来て、裁判官の一人がまた「静粛に」と注意を促した。こんなことに巻き込んでしまった後悔と申し訳なさがどうしても胸の内に溢れる。
「シンプソンさん、公爵家の家紋をご存知ですか?」
「はぁ?随分と馬鹿にされたものだな……!」
一通り笑い終わったアントンが何を今更という顔でホークスを睨み付ける。
「子供の頃から何度も目にして来たんだ!目を瞑ってでも書くことが出来るさ!!」
「良かったです、安心しました。知らなかったと言われたらどうしようかと思っていたので」
「僕を馬鹿にするな……ッ!!」
バンッという勢いのある音がして、広間が一瞬静まり返った。反対側の席で机に拳を叩き付けるアントンの姿を目にして、レミリアの心臓はまた縮まる。
「二年前、ある人が俺の事務所に宛てて小包を送って来た」
皆の目が白い紙袋に集まる。
ホークスは袋から木箱を取り出した。
「こんなことになるまでは、誰かの目に晒すなんて考えていなかったんだ。俺には必要のないものだったし、二度と見たくない家紋が刻まれていた」
「おい……お前、いったい何を……!?」
古びた木箱を机の上から拾い上げると、ホークスは真っ直ぐレミリアたちの居る方向へと歩いて来た。静かな部屋の中で「失礼」という声が響き、手袋を嵌めた手が転がった当主印を拾い上げる。
右手に握ったそれを、木箱の中から取り出したものと擦り合わせると、チンッと金属同士が触れる小さな音がした。
驚くレミリアたちの前で、ホークスはアントンの方へとその手を掲げる。
「見えるか?双頭の鷲だ。この当主印はもともと番で作られたものだ。今まで黙って持っていたことは謝るが、偽物を炙り出す役に立ったな」




