36 公爵家の当主2
対するリーマン・ラッセルは、淡々と事実関係を述べた上でアントン率いる弁護士たちの証言はまったくの嘘の供述であると否定した。レミリアとアントンの上で起こった離縁に関する取引をはじめとして、ヘイズとのやり取り、果てはこっそり邸を訪れて来たエロイーズとの会話も交えて。
内心、こんなに詳細に話したかしらと驚いた。
弁護士探しをする中で、離縁に至った経緯などについては時系列に沿った表を作った記憶はある。だけれどそれはあくまでも訪問時に見せていたもので、彼らに手渡したわけではない。
デミルカの方で再度説明したのだろうか?
それにしても記憶力が良すぎる。
レミリアは黙って目の前で諭すように話し続ける小柄な男を見つめた。決して頼り甲斐のある活気に満ちた風貌ではないものの、裁判長を見据えて立つその姿には有無を言わさぬ何かがある。友人はこんな弁護士をいったいどこで見つけたのか。
「………以上の理由により、原告の訴えは事実無根です。被告レミリア・シンプソンの無実を主張します」
「ほう。なるほど……そう来ますか」
すっかり白く染まった髭をひと撫でして、裁判長は困ったように目を閉じた。彼もまた、二人の弁護士を引き連れて現れたアントンの勝利を確信していたのかもしれない。
「しかし、原告は強い覚悟をもって訴えを起こしています。先ほどの供述だけで無実を認めるわけには……」
「証拠ならあります!」
思わずレミリアの口から言葉が飛び出した。
ホール中の人々の視線が注がれるのを感じながら、机の下に押し込んでいた鞄を引っ張り出す。ハンドバッグの口金を開くと、大切にハンカチで包んだ小さな塊を取り出した。
「それはいったい何ですかな?」
目を細める裁判長の方に包みを掲げると、レミリアは机の上でゆっくりと布を解く。やがて、ゴトンッという音とともに金で出来た印鑑が転がった。
「シンプソン公爵家の当主印です」
「おお……!当主印ですか!」
驚いたような裁判長の声にひとつ頷いて、レミリアは反対側に立つアントンの様子を窺う。きっと彼にとっても当主印の存在は盲点だったはず。知っていたら、最後の日にあっさり屋敷を去ったりしなかっただろうから。
しかし、アントンは気味が悪いぐらい穏やかな表情でこちらを見ていた。
「これはこれは……奇遇だな」
「………?」
愉快そうに笑ったアントンは片手をジャケットの内側に滑り込ませると、何かを取り出した。透明な袋に入ったそれを見て、絶句する。
「どうして……貴方が、」
「僕の方が不思議でならないよ、レミリア。本物はこうして保管されていたというのに、いったい君が手に持っているものは何なんだ?」
傍聴席の人々がにわかにガヤガヤと騒ぎ立てながら身を乗り出すのを見つけて、アントンは手に持った小さなものをよく見えるように掴んで見せた。
「見ての通り、公爵家の当主印だ。今まで書類に押してある印と比べてみたら良いさ……!!」




