35 公爵家の当主1
「被告レミリア・シンプソンは原告アントン・シンプソンとその弟ヘイズ・シンプソンを相手取り、巧妙な手口で公爵家の当主権限を剥奪した。これは立派な詐欺である。原告はシンプソン公爵家の長男であることから、当主権の返還と被告に適切な刑罰が課されることを求める」
つらつらと抑揚のない声で、アントンの第一弁護士ゴドリック・バギーが手元の書類を読み上げる。先ほどまで掛けていた眼鏡を右手で押し上げながら読むあたり、どうやら近視があるらしい。
視線の先でアントンは悲壮感たっぷりの表情を作っており、押さえ付けたハンカチの下からは時折啜り泣きのような音が聞こえていた。なるほど、確かによく作り込んできたと評価できる。この調子だと証人であるアントンやエロイーズも相当の役者魂を見せてくれることだろう。
裁判なんて縁のないものだと思っていたから、レミリアはただ呆然と過ぎゆく出来事を眺めていた。法のもとでは皆平等と言うけれど、でっちあげの論述を展開する権利も二人には平等に与えられているのだろうか。
そうだとしたら、どう反撃しよう?
真実の愛を貫いた夫を讃えながら、一方で公爵家の当主として諸々の手続きをすべて妻に押し付けていた彼を人前で詰ってみようか。いいや、そんなことをしたくてここに来たわけではない。
「………アさん」
「え?」
「レミリア・シンプソンさん」
ぼんやりと物思いに耽っている間に、裁判官はどうやら自分の名前を呼んだようだった。
「すみません、もう一度お願いします」
顔を上げて頼むと、白髪の裁判長は咳払いをして口を開いた。何処かでフンッと誰かが鼻を鳴らす音がする。アントンか、あるいは傍聴席に座っている彼の支持者か。
「先ほども申し上げたように、レミリアさんには原告の訴えを肯定も否定もせずに黙秘する権利があります。何も仰ることがないなら、黙っていたって良いということです」
「それは私に不利に働くのではありませんか?」
質問すると裁判長の片眉がピクリと動いた。
この場合はそういう意味だろう。
「原告アントン・シンプソンは貴女に当主権の返還、そして彼の名誉を傷付けたとして禁錮十年を求刑しています。ご存知の通り、ここグスカフの街においては貴族に対する詐欺は終身刑に値する重罪です。原告の求刑はかなり甘いと言える」
「あら、まぁ……」
何処からか口笛を吹く音がする。優しい元当主アントンへの賞賛だろうか。さながらレミリアは金に目が眩んだ強欲な悪女に映っているはず。
「黙秘権を行使されないのでしたら、引き続き裁判を継続します。原告の証人は台の上にお上りください」
カツンカツンというヒールが地面を蹴る音がして、久方ぶりに見るエロイーズが姿を現した。その隣には義弟のヘイズが派手な青色の髪で立っている。
レミリアは努めて冷ややかな目を意識しながら、二人の顔を眺めた。
「皆さん、あの女は大罪を犯しました……!」
高い声が空気を揺らす。
「グスタフにあのような悪魔が身を隠していたなんて、恐るべきことです!優しいアントンはまだ明かしていませんが、彼女は私からも土地を奪ったんです……!!」
悲鳴に近い訴えを受けて、ホールの中の人々がにわかに騒めいた。コソコソと周囲の人間と会話する者、何がそんなにショックなのか青褪めて口元を押さえる者なども居る。
「もしも悪魔が人間のフリをしたら、きっとあの女のような見た目なんでしょうね!絶対に許してはいけないわ。絶対に、絶対によ……ッ!!」
「証人、落ち着いてください」
裁判官の忠告も虚しく、その後に続いたヘイズからの供述でも耳を塞ぎたくなるような汚い言葉が飛び出した。罵倒に次ぐ罵倒、レミリアが彼を誘惑したという嘘の報告まで。
数人の裁判官たちに取り押さえられるヘイズを見ながら、レミリアはこの場にホークスが居なくて本当に良かったと思った。
弁護士として彼がここに居たら。
きっと、情けなくて、申し訳なくて、レミリアは両手を突いて泣き出していたかもしれないから。




