34 リーマン・ラッセル
レミリアは自分の耳を疑った。
目前に立つ小柄な男は、弁護士であると名乗った。それもただの弁護士ではない。先ほどの言い分を信じれば、どうやら彼は今日、レミリアの弁護士としてここに来たと言うのだ。
「あの……ご冗談ですよね?」
「何がです?」
「えっと、貴方が私の………」
「あ、はい。弁護士として参りました」
男は再び笑顔を浮かべる。
意味が分からない。
困惑するレミリアは頭の中で様々な可能性を考える。依頼しようとした何人かのうちの一人が意思を改めて来てくれたのだろうか。男に見覚えはないから、手紙や電話で依頼した相手かもしれない。
途中まではリストを作って丁寧に頼んでいたけれど、裁判が近付くにつれて気持ちも穏やかではいられなくなったため、慌ただしく対応していたことは認める。しかし、まさか、土壇場になってこんなことが起こるなんて。
「すみません……ラッセルさん、でしたっけ?いつ頃お話したのか記憶していないのですが、もう誰にも頼めないと思っていたので、来ていただけて助かりました。簡潔に申し立ての内容をお伝えすると………」
「あぁ、結構ですよ。大まかな内容はご友人から伺っていますから」
「え?」
今度はレミリアが聞き返す番だった。
咄嗟に浮かんだのは、最後に会った友人デミルカとのやりとり。知り合いの弁護士を当たってくれたという彼女は、あの後話を繋いでくれたようだ。
「………本当に、頭が上がらないわ」
不思議そうに首を傾げる男に「なんでもありません」と言って、レミリアは胸の内で感謝を伝える。裁判が終わったら真っ先に結果を報告しないと。
確認をしていくとラッセルは細かな事情まで共有されているようで、レミリアとアントンが離縁に至った理由から、今回の申し立てがまったくの不当なものであるという事実まで知っていた。
「私の方で書類は記入して来ましょう。向こうは第一と第二弁護士が付くようですね」
「はい……そのようです」
「心配要りませんよ、シンプソン公爵」
「………!」
男はシワの寄った手で新聞を丸めると鞄の中に仕舞い込む。大きなそれを小脇に挟んでレミリアを見ると、にこっと笑って見せた。
「自信を持ってください。貴女は何も悪くない。公爵家の当主らしく、堂々としていれば良いんです」
「………ありがとう、ございます」
小さな声で応えると、ラッセルは二度ほど頷いて人混みの中へと消えて行った。
じきに始まる裁判に備えて、傍聴人たちがガヤガヤと部屋に入って来る音がする。ホールの反対側ではアントンとその付き添いの弁護士が額を寄せ合って話し込んでいた。
何も恐れることはない。
恥じることはしていないのだから。
分かっているのに、握った拳が震えているのを感じる。デミルカが派遣してくれた弁護士の男を信じていないわけではない。ただ、例えようのない不安が胸を押し潰しそうだった。
この建物に押し掛けた人々のうち、いったい何人がレミリアを詐欺師だと思っているのか。賭け事の材料として面白半分で来た者もいるだろう。傍聴席に入って来る人の中に、かつて自分が頭を下げて頼み込んだ弁護士の顔を見た気がした。
「皆様ご着席ください。開廷いたします」
戻って来たラッセルの隣で、レミリアは向こう側の席に腰を下ろすアントンの唇が弧を描くのを見た。




