23 ハリソン・ワーレム1◆ユミル視点
奥様はあまり自分のお気持ちを話されない方でした。言葉数が少ないというわけではありませんが、私たち使用人は奥様が旦那様から離縁を切り出され、それを承諾して見事離婚を成立させるまで、泣いたり取り乱す姿を一度も目にしていません。
そして、それは夫であるアントン様が家を出て行った後も同じです。毎日のように届く分厚い手紙を机の上で一つ一つ開きながら、奥様はいつも人形のように無表情な顔をしていました。
きっと、気分を害するような内容もあったでしょう。怒り狂って何かに衝動的に当たりたくなる時もあったと思います。私だったら冷静に居ることなんて出来ませんから。
だけど奥様はいつだって冷静でした。
一緒に居た三年間よりも離れた今の方が受け取る手紙が多いなんてね、と冗談のように笑い飛ばしながら、穏やかな顔で紅茶を飲んでいました。
奥様は本当に平気だったのでしょうか?
本当のところは、分かりません。
「旦那様にご用があるとお伺いしましたが、どちら様でしょうか?」
ワーレム辺境伯のお屋敷を訪れた際、私を出迎えてくれたのは母ほどの年齢のメイドでした。シンプソン公爵家ほどの敷地面積はありませんが、隅々まで掃除の行き届いた清潔な客室には冬に向けて暖かな色合いの装飾がなされています。歴史を感じさせる厳かな雰囲気に、私は背筋が伸びる思いでした。
「私、伯爵様のご令嬢であるレミリア様の使用人をしておりますユミルと申します。この度はお話があってご挨拶に参りました」
「レミリアお嬢様の……?」
メイドの女性は奥様のことを知っているようでした。私はコクコクと頷いて肯定を示します。
「今日はお休みをいただいて一人で来ました。伯爵様にお聞きいただきたいお話があるのです……!」
余計な考えだと分かっています。
しかし、現在の奥様の状況に救いの手を差し伸べてくれるならば、と私は藁にもすがる気持ちでワーレム辺境伯の元を訪れました。
メイドの女は一度だけ小さく頷くと、頭を下げて部屋を去りました。
やはり迷惑だったのではないかという一抹の不安が胸に広がる中、扉の外からノックの音が聞こえ、私が返事をすると小柄な男が入って来ました。赤い髪は奥様と同じですから、おそらく彼がこの辺境を統べるハリソン・ワーレム、つまりワーレム辺境伯なのでしょう。
「四時間は掛かっただろう」
それがここへ来るまでの時間のことだと理解して、私はこくりと頭を動かしました。ワーレム辺境伯は想像していたよりも穏やかで、ゆっくりとした喋り方をされる男性でした。奥様が以前お話しされていたように、嫁入りする娘を叱咤激励するような方には見えません。
目を丸くする私に気付いたのか、辺境伯は短い溜め息を吐いて再び口を開きました。
「離縁のことは手紙で知った。レミリアは元気かい?あの子のことだ、きっと周りに弱音など吐かずにすべてを背負っているんだろう」
「………はい」
私の返事を受けて、眼鏡の奥の辺境伯の双眼が悲しそうに細められました。私は、自分が説明すべきと心に決めていた奥様たちの事情について、彼はどれぐらい知っているのかしらと心配になりました。
きっと、奥様の性格的に洗いざらい話していることはないでしょう。結果だけを伝えていても不思議ではありません。
「すみません、伯爵様」
私は思い切って顔を上げました。
「奥様を助けてほしいのです。実の親である伯爵様ならば、レミリア様の立場を理解し、お知恵を貸すことが可能かと思います。出過ぎた真似とはわかっていますが、どうか、お願いします……!」
「理解…… そうだな、そういう意味では私は十分過ぎるほど理解している」
「………?」
ワーレム辺境伯の苦々しい口調に私は首を傾げました。伯爵は、まるで自責の念に駆られるように眉を寄せて目を閉じています。
「レミリアをあんな風にしたのは私たちだ。あれは助けを求めるということを知らない。そういう育ち方をしたのだから」




