21 公爵夫人
弁護士探しは、思うように進まなかった。
人生には浮き沈みがあると聞くが、それでいうとレミリアの人生は今暗く深い底へ向かって急降下を続けている。夫との離縁から始まったこの流れが、いったいどんな場所へ自分を運ぶのかは未だに分からなかった。
「ほう。シンプソン公爵の奥方ですか」
白い顎髭を撫でながら初老の男はふむふむと書類に目を落とす。レミリアは誤解を解くために慌てて口を開いた。
「いいえ、夫とは離婚しましたので、今は私がシンプソン公爵家の当主です」
「なんですと?」
「これは不法なやり口ではありません。私は前当主である義父の遺言に従って……」
懸命に説明しようとするレミリアの前で、男は「もう結構だ」という風に手を振った。この街で有数の優れた弁護士である男が、鋭い目付きでこちらを睨み付ける。
信頼関係を築く、という自分の目標がいかに浅はかだったかレミリアは思い知った。男はそもそもレミリアの話に耳を貸す気も無ければ、当主の座におさまったことを信じてもいないのだ。
「先生、本当です!私は正しい手段でシンプソン公爵家の当主となりました。夫の訴えは不当です!自分のものを奪われて怒っているだけで、」
「今、奪ったとおっしゃいましたね?」
「………ッ!」
「公爵夫人、貴方は何かを勘違いしていらっしゃるようだ。嫁入りした貴女がどんなに巧妙な手を使っても、子息であるお二人の権利を剥奪することは出来ません」
「しかし、遺言では……!」
「その遺言とやらの信憑性は?」
レミリアは言葉を失った。
信じてもらえない。それどころか、信じる気などさらさらないのだ。公爵家の実娘でもない自分が、女である自分が、シンプソン公爵家を継ぐことなど出来るはずがないと。
遺言の確認は弁護士であるホークスを交えてアントンたち兄弟と共に行った。第三者も介入しているから、完全なでっちあげなどではない。だけど、彼の名をこの場で出すことは出来ない。もう巻き込まないと決めたのだから。
「………今日はお話が難しいようなので、また出直すことにします。私は詐欺師などではありません。どうか……それだけは信じていただきたいです」
「詐欺師は自分のことを詐欺師だと名乗りません」
「…………」
椅子の上で踏ん反り返る弁護士の男がそう答えたのを見て、レミリアは黙って書類を集めて事務所を去った。
通りに出るとすぐに、足元にはパタパタと小さなシミが広がり、数分と経たないうちに強い雨が地面を叩き始める。急いでいたので傘を持って来なかった自分のことを恨んだ。
(大丈夫。まだ一人目だもの……)
せっかく用意した書類が濡れてしまわないように、封筒を両腕で抱えてレミリアはタクシーが通り掛かるのを待つ。余計なことを考えないように、目の前で跳ねる雨の雫を眺めていた。




