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大好きだから、その求婚には頷けない  作者: 相内 充希


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第16話

あまりにもまとまらず、同じシーンを何十回も書き直してしまいました。これ以上読み返すとまたお直しに走りそうなのでアップします。誤字等ご容赦ください(* ᴗ ᴗ)⁾⁾

 運よく見つけたベンチに座り、サンディアナは多くの人でごった返すホームを眺めながら、コーヒーを買いに行ったブレントを待った。


 今日一日だけとはいえ、今朝までの恋人のふりと、実際そうであることの差に戸惑っているのはブレントも同じなのか、どこか心ここにあらずの状態だった彼の様子を思い出すとおかしくなって、自然と顔がほころんだ。何か考え込んでいるようなブレントの顔は恋人役をしている時とは全然違っていて、正直なところホッとしたのだ。


(アベル様みたいに振舞うブレントも悪くないけど、普段通りの彼のほうがやっぱりいいな)


 秋らしい空の色に目を細め、汽車を見るともなしに見ながらその先の線路に目をやると、サンディアナはふと、はじめて汽車に乗った日のことを思い出した。


(そっか。今ぐらいの時期だったっけ)


 あれは七歳の時。

 流れる景色にはしゃぐサンディアナの兄弟を見ながら、目を輝かせていた五つ年上の少年――カイルの声が、まるで今さっき聞いたばかりのことのように記憶の奥から聞こえた。


『鉄道はすごいね! ねえサンディアナ、知ってる? これがほんの五十年、たった五十年ちょっと前だったら、王都はもっとずっとずーっと遠い世界だったんだよ。それが半日もかからないなんて信じられない! 世界が狭くなって同時に広がったんだ! すごい! 本当にすごい!』

『広くて狭いの? なぞなぞ?』


 カイルは兄でも親戚でもないが、とある事情から二年間一緒に暮らした男の子だ。その彼が父親と王都に戻るのに便乗し、家族みんなで初めて王都旅行に行ったのだ。


 その時のカイルが言っていたことを、まだ幼かったサンディアナはよく理解できなかったが、年上なのにどこか弟みたいな彼が楽しそうに話してくれるのが嬉しかったことを覚えている。その話が今唐突に、すとんと理解できた気がした。


 鉄道の発展で世界はガラッと変わった。

 カイルが言っていた通り、これが五十年以上前だったら、王都は今よりずっと遠い世界だった。そして貴族が学ぶ学園は、本当に貴族の一部だけが通う場所でしかなかったのだ。

 現代だから平民であるサンディアナも学園に入学できた。

 卒業後も王都にとどまり、今のような職を得ることができた。

 生まれた時代が違ったら叶わなかったことだ。


 あの日見せてもらった汽車の中にはめられた魔石は、昔はくず石と捨てられていたという。

 くずと呼ばれるものも、小さくて役に立たないと言われていたものも、加工次第で人の役に立つ。それが面白くて楽しくて、もっと知りたい関わりたいと夢見て、今それが叶っている。

 それに――――


「もし鉄道ができなかったら、ブレントと出会うことはなかったのね……」

「何か言いましたか?」


 いつの間にか戻ってきていたブレントの声に、心臓がぴょんと跳ねる。差し出されたカップを受け取るときに少し指が触れてしまっただけで頬に熱が広がり、サンディアナは睫毛を少し伏せながら首を小さく振った。


「別に。ただの独り言」

「そう?」

「うん」

「そっか」


(ううっ。なにこれ恥ずかしい。まるで私、十代の子供みたいじゃない)


 本気にしたかどうかは別として、ブレントがサンディアナの気持ちを知っているという今の状況は、なんとも面映ゆくて仕方がない。サンディアナにとっては一生に一度かもしれない告白だったのだ。


 そのせいで、しっかり隠していた時にはできたことが急にできなくなって困っていると、隣に腰を下ろしたブレントも戸惑う部分があるのか、二人でコーヒーを飲みながらもやけに口数が少ない。

 とはいえその沈黙は決して嫌なものではなく、サンディアナは何か考え込んでいる風の「恋人の顔」をこっそり盗み見した。


(悔しいな。やっぱりかっこいい)


 普段のラフな服装とは違う旅行仕様のスーツは彼によく似合っているし、そもそもの話、サンディアナは男性のスーツ姿に弱い。ただの知り合いだって、普段の三倍増しでかっこよく見えるのだ。

 しかし今はクシャっとかき乱した髪が風に揺れ、ここ数日の完璧な恋人ではない、いつものブレントがそこにいた。


「ねえブレント」

「なんですか?」

「前みたいに、敬語なしで話して? 今日一日は恋人なのに変でしょ? 本当なら私が敬語で話す立場なのよ?」


 彼が学園に入学して一年くらいは、学生会以外の場では普通に話してたのだ。それがいつからか、敬語交じりで話されるようになってしまった。先輩後輩としては普通だからと納得はしていたけれど、見えない壁を作られた気がして寂しくなったのをよく覚えている。

 故郷で偽装恋人を演じていた時は砕けた話し方だったのに、誰も見ていない場になったらまた戻るというのも寂しい。


 いっそサンディアナが敬語に変えようかと呟くと、ブレントは大げさに顔をしかめてそれを止めた。


「やめてください」

「どうして? そもそもなんで敬語で話すように変わっちゃったの?」


 コテンと首をかしげると、ブレントは何かを飲み込んだみたいな顔をした後、片手で顔を覆って深く息を吐いた。


「あー、うーん、それは、ですねっ」

「うん?」


 なぜか言いにくそうなブレントが不思議で首を傾げたままじーっと見つめ続けていると、彼が指の間からこちらをちらっと見たあと手を下ろし、目をぎゅっと閉じたまま観念したように口を開いた。


「あんたが女の子だって気づいたからですよ」

「えっ? ああ、そうなんだ?」


 ブレントの答えに目を丸くしたサンディアナは、次いで心の中で苦笑した。


(そうかぁ。私、ブレントから女の子だと認識してもらえてなかったのか)


 女の子だと気づいて敬語に切り替えてくれたことを喜ぶべきか否かで悩み、そんな認識いらないと結論付けて頷いた。


「じゃあ猶更敬語はいらないわね。距離を感じてつまらないもの」

「距離を詰めると無礼を働くかもしれないからなぁ」

「なにそれ?」


 本気で困ったような彼の顔がレアすぎてサンディアナが噴き出すと、つられたようにブレントも口の端を上げた。


「ディアは、兄う……アベル様みたいな男が好みだと思ってたから」

「アベル様? なんで?」


 十代のころは背伸びをしたかったとか、そういうことだろうかと心の中で首をひねると、ブレントは「分からなくていいさ」と言って、座ったまま伸びをした。それでも敬語は外してくれるようで、サンディアナはにっこりと笑った。

 完璧な恋人役をしていたブレントをよくよく思い返せば、感じていた以上にアベルに似ていたように思う。彼にとって見た目も似ている従兄は、あこがれや目標にしている相手なのかもしれない。


「さっきまでのブレントはアベル様みたいに振舞ってたってことなのね?」


 言葉で確認すると、ブレントは苦笑しつつも「いい男だっただろ?」とうそぶくので予想は確信に変わり、さらに笑い転げてしまった。


「たしかにね! おかげでタグたちはあっさり撃退できたし、感謝感謝だわ」


 「でも」、と笑いすぎて浮かんだ涙を指でぬぐったサンディアナは、ブレントをしっかり見つめて柔らかく目を細めた。


「でも私は、普段のブレントの方がかっこいいと思ってるよ」


 いつもと同じ、気楽な口調の本音。

 しかしブレントは、いつものようにスルーする代わりにふと真面目な顔になるので、サンディアナの心臓がコトリと音を立てた。

 自分に向けられたかと思ったそれが、ただの勘違いだったことに気づいたのは次の瞬間。


「あら、ブレント様?」


 サンディアナの後ろから鈴を転がすような声が聞こえた。

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