第14話 ブレント視点③
学生時代は図書委員長だったマーガレットとは、ブレントも面識があった。
学生の間では、図書館で困ったことがあればマーガレットに聞けと言うのが暗黙の了解だったし、学生会の定例会議でも毎月顔を合わせていた。卒業後はたしか、王宮図書館の司書になっていたはずだ。
小柄で小動物のような雰囲気を持つマーガレットは、誰からも一歩下がったところにいるという感じの女性だ。しかし上品で控えめではあるが親しみやすい性格の彼女は、男女問わず友人が多かった。
「兄上が望むなら、こんな選考会などしなくても妃に望めるのでは?」
周りが期待する妃像とはかなり違うが――と、懸念は飲み込んだブレントに、アベルは珍しく自信なさげな微笑みを浮かべた。
「彼女が望まなければ意味がないだろう」
言外に、マーガレットが自分を選ぶとは思えないというニュアンスを感じ取り、ブレントは呆然とした。
ブレントと顔立ちは似ていても、物腰柔らかなこの王太子は、その身分を差し引いても女性から人気が高いことを知っている。
アベルを選ばない女性がいるのだろうかと本気で不思議がったブレントだったが、普段柔和な表情を崩さないアベルは「そりゃあ、たくさんいるだろ」と片目をつぶって見せた。
(兄上には、マーガレットが兄の姿を見破るという自信があるのだろうか?)
そう疑問に思い尋ねたが、彼の答えは否だった。
「単純にけじめみたいなものかな。彼女が選考に残れるチャンスを作りたいのは確かだけれど、だめなら諦めもつくだろう」
けじめをつけなければ、妃に選ばれた女性にも失礼だということらしい。
幼いころからわがままを言ったことがないアベルの提案に、選考委員も驚いたことだろう。しかし結局提案は受け入れられ、ブレントは一番近くで従兄の恋の行方を見守ることになった。
◆
パーティーの間は当然のごとく、候補者の女性がアベルのふりをしたブレントに次々に話しかけてくる。今回はいつもと違い、対になっているカフスの片方しか使っていないため、目元の雰囲気を変えることまではできない不完全な状態だったのにだ。
(まあ、あれが兄上だなんてわかるわけないよな)
アベルがイヤーカフを使ったところを目の前で見ていたブレント達だって、その変わりように驚いたのだ。
アベルは完治後、それ以前よりも格段に魔力が多くなった。そのアベルが変身した姿は、ブレントから見ても完全に別人だったのだ。
それもそのはず。何を考えたのかアベルの姿は性別も年齢も違っていた。身内から見たって分かるわけがない。
「ふむ。わたしに妹がいたらこんな感じかな?」
そう言っておどけたアベルは、曾祖母が若いころの肖像画によく似た、十七、八くらいの少女にしか見えなかったのだ。
さすがにやりすぎだろうと思ったものの、これでマーガレットが彼の正体を見破ってくれればと、ブレントは真剣に願った。従兄に幸せになってもらいたい気持ちは本当なのだ。
しかしマーガレットは、アベルのふりをしたブレントに最低限の挨拶をしただけで、パーティーの間中他の令嬢と話をするだけだった。もちろんその中にはしれっとアベルが紛れ込むこともあったが、ブレント扮する王太子を気にするそぶりもない。
アベルの姿でマーガレットに会うのが初めてだったブレントは、正直なところがっかりした。
(これは、完全に兄上の片想いか)
ブレントはさりげなく彼女を観察しながら、その様子にため息を吐いた。アベルを見つける以前に、アベルの妃になることに興味がないのだと思ったのだ。
(お互い苦労しますね)
自分に興味を示さない想い人を思い浮かべ、ブレントはひそかにため息を吐いた。
しかしパーティーの終盤、彼女がアベルに不思議そうに声をかけた。
「あの……。変なこと言ってごめんなさい。アベル様、ですよね?」
「えっ?」
残念ながら本当の姿が見えていたわけではないのだが、アベルの歩き方や仕草で「もしや」と疑問に思ったらしい。
王太子がすぐそこにいるのだから、この女性がアベルのわけがない。しかし、どうしても違和感をぬぐうことができず、さりげなく見続けるうちに姿を変えたアベルがどうしてもアベルにしか見えなくなり、王太子に話しかけるどころではなくなったマーガレットは、笑われることを覚悟で声をかけたのだそうだ。
誰かが教えたのでは? とブレントたち事情を知るものが顔を見合わせたが、そうではなかった。
こうして最終選考に残ったマーガレットをアベルが特別扱いすることはなかったが、結果的に彼女が妃に決定した。本気で勝負に挑み始めたマーガレットは強かった。
アベルの恋が実ったことが嬉しかった。
同時に羨ましくもあり、これでサンディアナがアベルを完全にあきらめるだろうと言う打算もあった。
情けないとも思うが、忘れようとすればするほど、想いが強くなる。
学生時代から見合いをたくさんさせられたし、強引に推し進められて付き合った女の子も何人かいた。
可愛いと思う子もいたし、一緒にいて楽しい子もいた。
好きになれるのでは――そう思える相手がいたのも確かだ。
彼女らは一様にブレントの男としての矜持も自尊心も満たしてくれたし、誰を選んでも文句なしの家の出の女性ばかりだ。けっして自分を男として見ないサンディアナとは違う。
しかしダメだった。
他の女に触れても、偶然サンディアナとすれ違っただけで浮き立つくらいの気持ちにも及ばない。むしろ彼女への執着心が強くなった。
彼女の卒業が近づくにつれ、
(どこかに閉じ込めて、俺以外の誰の目にも止まらないようにしたい)
そんなことさえ考えるようになった。
しかし実行したら、彼女は二度とブレントに笑いかけてはくれないだろう。
ブレントが好きなのは、好奇心旺盛に輝く瞳を持つサンディアナなのだ。
とはいえ、サンディアナが就職する前に眼鏡を作ったのは、彼女の為になるのはもちろん、彼女の素顔も隠したいという下心があったからだ。男が多い現場だ。むしろ女の子らしさを封印したほうがいいのではというブレントの言葉を、彼女は真面目に聞いてくれた。
実行してくれたのはもちろんだが、彼女がきちんと耳を傾けてくれたことが、少しだけ自信につながった。
翌年、ブレントも工房に就職し、また頻繁に彼女と会えるようになった。
加工士とかかわりの深い彫金士になったのは、いつかこの手で、彼女を飾るものを作りたいからでもある。
アベルの結婚式用のアクセサリーをこの手で作れたのも楽しかった。サンディアナの加工する魔石は高品質で、彼女の努力が感じられる。複雑ではあったが、一緒に作る過程で一緒にいられる機会が多かったから、ふとしたときに気持ちが外に出てたのかもしれない。
本人には全くだが、ヴィオラが気付いたのはそのせいだと思った。
◆
ふと、ヴィオラがサンディアナに言った言葉を思い出す。
『汽車に乗る時から、こっちに帰ってくるまで、ブレントのことを、ちゃんと恋人として接すること』
縁談除けの役割は十分果たしたが、義理堅いサンディアナには友達との約束をしっかり守ってもらおうと思い、ブレントは深く息を吐いた。
(彼女は俺の姿を見破っていた唯一の人だ)
これが運命でなくて何だと言うのだ?




