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大好きだから、その求婚には頷けない  作者: 相内 充希


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第13話 ブレント視点②

   ◆


(すぐに彼女の上からどくんだ)


 自分がしたことの無礼さに恥じながら、ブレントは世界中の力をかき集めるような気持ちで身を起こそうとした。しかしサンディアナから香る柑橘系の香りに縛り付けられているようで、どうしても動けない。動いたら彼女が脱兎のごとく逃げてしまうようで怖かった。


(なあ、俺のことが好きだって言っただろう?)


 そう言って彼女の肩をゆすぶりたい。

 なぜ彼女が自分から離れようとするのか理解できなかった。

 本当はじっくりと時間をかけて、ふりではなく本物になろうと思っていたはずなのに、とっさに結婚まで申し込んだのが性急すぎたのだろうか。

 結婚する相手としか付き合えないと言いながら、ブレンドはその相手になりえないのか。


 ロマンティックには程遠い先ほどの会話を思い出し、無意識に食いしばった歯の奥から低い唸り声が漏れると、サンディアナが小さくため息を付くのを感じギクリとする。


「ブレント、早くどいてくれるかな。外から丸見えよ?」


 ブレントの背を軽く叩きながら、弟をたしなめるような彼女の口調。あまりにも何でもない様子に一瞬カッとする。

 駅で停車中のため、ホームから人が覗き込めばたしかにそうだろう。魔力でカーテンを閉めてやろうかとも思ったが、だらしないと余計に呆れられることは間違いないので、歯を食いしばりながら身を起こした。


(結局俺は弟か……)


 サンディアナは、好きだという言葉を簡単に口に出す。男兄弟に囲まれていたせいか、それが男友達相手であってもそう。


 以前ブレントも言われたことがあるが、小さな弟にでも言うような温かい愛情のこもったそれは、ブレントの望むものには程遠い。自分でも呆れるほどショックを受けて聞こえなかったふりをしたブレントは、自分で考えている以上に子供だった。

 そして今も、彼女にとってのブレントは、大人の男ではないらしい。


 痴話喧嘩みたいだと思ったのも、あれはブレントが見た夢だったのだろう。あまりにもリアルだったけれど、彼女がブレントの本当の姿が見えていたなんて、都合のいい夢としか思えないではないか。

 いや、その後の会話を考えたら、いっそ夢であってほしい。

 この旅行の間、何度も都合のいい夢を見ては目が覚めていた。まともに眠れた夜は一日もないのだ。

 

(ここまでくると、どこまでが現実で、どこまでが夢なのか分からなくなってきたな)


 さすがに逃げられても文句は言えなくなったと自嘲する。


「すみません、サンディ。寝ぼけたみたいです」


 視線を逸らしたまま身を起こして言い訳する。信じてもらえるとは思えなかったが、束の間沈黙が続いたあと、彼女が苦笑するのが分かった。


「えっと……うん。そうだね。どこにもいかないから、お昼寝に戻っていいよ。駅に着いたら起こしてあげる」


 仕方がないといった声音に、ブレントは落胆と希望がないまぜになった気持ちのまま顔を上げ、ハッとした。


「サンディ、顔が真っ赤だ」


 思わずこぼれてしまった言葉は小さかったが、彼女にはしっかり聞こえたらしい。サンディアナは真っ赤な顔のまま頬を膨らませ、プイッとそっぽを向いてしまった。


(なんだこれ。まだ夢を見てるのか?)


 彼女が恥じらいを隠そうと虚勢を張っているのが丸わかりで、心臓が胸を大きく叩いた。熱くなっているであろう彼女の頬の熱を確かめたくなるが、伸ばしかけた手を握ってぐっと我慢した。今触れたらきっと彼女は逃げてしまう。


「うるさい。私はあんたみたいにアレコレ慣れてないのよ」

「アレコレ? 俺が何に慣れてるんです?」

「~~~~~っ。それは、自分の胸に聞いて!」


 説明はしてもらえないらしい――――が、さっぱり意味は分からない。それでも胸の奥に希望の明かりが小さく差しこむのを感じ、数回瞬きをした。

 冗談で抱きしめても顔色ひとつ変えることのなかったサンディアナが今、熟れた果実のように真っ赤になっているなんて。


「ああ、その。もしかしてですが、俺のこと、男として意識してます?」


 言った瞬間後悔した。サンディアナが真っ赤な顔をしたまま、何を言ってるんだこいつはという目でこっちを見るので、とっさに苦笑してしまう。意識してもらおうと頑張ってきたはずなのに、これでは台無しではないか。


(俺、ほんとに何してるんだろな?)


 乾いた笑いが漏れ、俯いてぐしゃぐしゃと髪をかき乱す。サンディアナといると、いつも頭がおかしくなりそうだ。抑えて抑えて我慢してきたのにまったく。


 アベルのようにふるまえば彼女に好いてもらえると思ってた。

 でも今は、どうしたらいいのかさっぱりわからない。


(アベルも、こんな気持ちだったのかな)


   ◆


 アベルにも好きな人がいた。

 それをブレントが知ったのは、彼の妃が選考されるパーティー直前でのことだった。


「えっ? 兄上、それは本気ですか?」

「もちろんだよ。姿を変えるのは、おまえの専売特許ではないだろ? わたしがカフスを使っても問題ないはずだ」


 なんでもないように肩をすくめるアベルに、ブレントたちはあっけにとられて言葉が出なかった。なんとアベルは姿を変えて別人のふりをするからと、ブレントにアベルのふりをしてパーティーに出てほしいと言って来たのだ。


「変身したわたしに気づかないまでも、何か違和感を覚える女性がいたら、その人を最終候補として残しましょう。この魔道具を使うにふさわしい趣向でしょう?」


 アベルに恋人がいたことは一度もない。ある程度自由が許されていた学園時代に病に侵されていた彼は、あえてそういったことから一歩引いていたのだろう。



 ブレントは様々な方面から選抜された女性の中にサンディアナがいないことを確認し、ひそかに安堵していたが、実はアベルには思いを寄せていた女性がいたことを知った。下級貴族の女性で、アベルの同級生だったマーガレットだ。


 選考者の末尾に記されたマーガレットの名前を撫で、「彼女が選んでくれるなら、あとのことはわたしが何とでもするんだが」と呟くアベルの声を、ブレントは偶然聞いてしまったのだ。

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