第11話
青褪めるブレントが「なぜ?」と言う。
(せめてこれが数年前ならよかったのに)
そんなことを考えながら、慰めたくなる気持ちを抑えて小さく微笑んだ。
「私たちはもう大人だからよ。あなたの気持ちは嬉しい。ありがとう。夢みたいだった」
「勝手に夢にするな!」
「するわよ! しなくちゃいけないの。あんた、私のことも自分のことも全然わかってない! 私は……ただの一般庶民なのよ」
「それは……」
言葉を失うブレントに、少しだけ目を伏せて少しだけ傷ついた気持ちを隠す。サンディアナの階級が下というわけではない。ありがたいことに裕福な家の出だし、対等に付き合える友人には実家が貴族のものも多い。
ブレントのことだって、学園や職場でなら対等だ。そう決められた世界だから。
でも外に出れば違う。見えない壁は確実にある。
それでも王子の従弟の横に立てるわけがないなんて、自分では言いたくなかった。
彼が誰かと結婚してくれたら、その時ようやく前に進めると思っているなんて、絶対に知られたくなかった。
女友達ならまだいい。
百歩譲って、もしも今十代なら、恋人になれたかもしれない。でも。
「この年になったら、お付き合いも現実的になるの。私の家族を見たでしょう。本当に恋人になるなら、結婚を考えられる人じゃないと」
(できないでしょう?)
そう思ったから。いや、知っていたからきっぱりと言い切った。
今回ブレントを連れて帰ったことで、皮肉にも家族がサンディアナの幸せを望んでいることを痛いほど理解した。しかし、そんな姿を見せられる日があるとしたら、それははずっと遠い未来だ。
二度と恋をしないとは思っていない。いつか誰かを愛して、家族になる日が来ると信じている。
ただこじらせてしまった初恋を封印するのに、もう少し時間がかかるだけ。その気になれば上書きしてくれる男になんて、きっとすぐに出会える。そう思っているのに。
「じゃあ結婚しよう。俺は今すぐでもいい」
「っ!」
明らかに怒っている口調の求婚に、とっさに言い返そうと思ってハッとした。彼がサンディアナと結婚しようとする理由に、ようやく思い至ったのだ。
(ああ、ほんと馬鹿。こんなことに気づかないなんて、どれだけ浮かれてたのよ。ブレントから見れば、私は王家の秘密を知ってしまった女じゃない!)
ブレントの告白には事実が織り交ぜられていたから、すぐに気づかなかった。
「ブレント。監視なんかしなくても、絶対秘密は口外しないわ。約束する」
「なっ!」
「ごめんね。私が好きなんて言ったから、話を合わせたのでしょう? そんなことしなくても、秘密にしろと命令すればいいのよ。ブレント……いいえ、あなたにはその権利があるのですから」
爵位はなくても彼は王族だ。
言うなの一言ですべて終わるはずなのに、情の深い人だからできなかったのだろう。普段階級を意識しないでいい世界にいても、全く無視できるほど無知ではない。
ブレントの愕然とした表情を見て、彼を傷つけてしまったと思い悔やんだ。
でもサンディアナのほうが年上だから、毅然とするべきなのは自分なのだと唇をかみしめる。
「私は、あなたに幸せになってほしいの」
汽車の止まる気配に窓の外を見ると、途中の駅に着いたのだと分かった。割と大きな町のため停車時間も長く乗り降りする客も多い。ホームには行商人も多数いるため、一般車両の人がここで弁当などを買ったりもする賑やかな駅だ。
(ここで降りて、一般車両に移ろう)
切符の買い直しは可能だ。
指定席はとれないかもしれないけれど、体力はあるのだ。あと二時間くらい立っていても問題はない。
そう決めて荷物を手に個室のドアに手をかけると、ブレントに後ろから抱きしめられた。
「行くな。行っちゃだめだ」
切迫した声に決意が崩れそうになる。彼のことを考えたら、ここで流されるわけにはいかないのに。
「ブレント、はなして」
「嫌だ。――くそっ。違うんだ。誤解だ」
縋りつくようにぎゅっと力のこもる腕と、うまく話せないともどかしそうにうめくブレントの声を聞き、サンディアナはぎゅっと目を閉じた。
立ち去るのは簡単だ。本気でサンディアナが抵抗したら、ブレントは絶対はなしてくれる。
――そう思っていたのに……。
「ブレント?」
気づいたらシートに押し倒され、間近に切迫した表情をしたブレントの顔があった。
次の話に行く前にブレント視点を入れたくなったので今から書きます。
次の更新まで今しばらくお待ちくださいませ。




