第10話
馬鹿だなと思う。でも本音を一度も吐き出さないまま終わるほうがつらいと思ってしまった。
ぎゅっと目を閉じていても、彼が顎を上げため息を吐いたのがわかる。
「なんで過去形なんですか。今はもう好きじゃないから?」
あきらかに呆れているのに優しい声に、サンディアナは小さく首を振った。
「好きよ。十五歳からずっと好きだったわ」
言うべきではない気持ちを吐露し、「馬鹿でしょ?」と小さく笑う。
しかしブレントの苛立たしそうなため息に、ついに耐え切れず両手で顔を覆ってしまった。
(馬鹿だ。本当に……馬鹿)
自分の愚かさに涙も出ないでいると、ブレントが「ディア」と囁いた。
「泣かせたかったわけじゃないんだ。ごめん、嫌な態度をとった。驚きすぎて、混乱したんだ」
束の間ためらうような間のあと、サンディアナの隣に座ったブレントは、上げた手をさまよわせた後自分の膝に戻し、もう一度ため息を吐いた。
「ディア、大事な話をするから俺を見て」
◆
「俺は幼いころから大きかったせいか、二歳年上の殿下とは双子みたいに見えたみたいでさ、小さいころから仲が良かったんだ。イトコというより兄弟みたいで、殿下のことは、兄上って呼んでなついてた」
絵本の真似をして入れ替わって遊ぶなんてことも、よくしていたという。
もちろん魔道具など使っていないので、帽子で髪や目元を隠すだけだが、それでもパッと見るとどちらかバレないことが多かったのだそうだ。
そんな従兄が学園に入学して間もないころ、難病に侵された。
幸い、新薬の開発と魔石を使ったアイテムで学園を卒業した次の年にようやく完治したが、それまでは治療や発作のたびに従弟のブレントが代役をしていたのだそうだ。
「あの庭でディアに会ったのは、初めて魔道具で姿を変えたときだったんだ。初めて、大勢の前でアベル殿下のふりをすることになった。兄上たっての頼みだったから断れなくてね。でもいたずらとはわけが違うから、正直言えば、怖かった」
それでも従兄の病気を隠すため、元気な姿を見せる必要があると考えた周りに押し切られた。魔道具によって髪と目の色が変わったブレントは、優しく微笑むだけで大好きな従兄そっくりに見えた。
「だからあんなに不安そうだったのね」
当時の様子を思い出して胸が痛む。
十四歳の少年には荷が重かったのは間違いないのだ。
「精一杯虚勢を張ってたけどね。でも、初めて訪れた学園の空気に怖気づいたよ。大勢の人の前で、年上の、しかも王太子のふりをすることが怖かったし、失敗したらどうしようって考えだしたら止まらなくなって、中庭に逃げたんだ」
しかし、逃げ出したブレントの背中を押してくれたのが、偶然そこを訪れていたサンディアナだった。
「初対面だったのに、そんな気がしなかった。ディアのキラキラ光る目と表情から目が離せなかったし、なんでもない雑談に自然と肩の力が抜けたよ。ほんの少しの時間だったのに、何が怖かったのか分からなくなったくらい、不思議と落ち着いたんだ。覚えてないだろうけど、石を上げただろ? ずっと宝物にしていた石でさ、あれをあげたのは、何か礼をしたかったからなんだ」
軽い口調でブレントに「もう捨てただろうけどね」と肩をすくめられ、サンディアナは無意識に胸元を握りしめる。ずっとお守りにしていた石が彼の宝物だったと知って、胸の奥から温かいものが湧き出してくる。
「ずっと本当の姿で会いたかったから、学園で友達になれたときは、柄にもなくはしゃいだ。兄上のふりして学生部の役員をしたときも、サンディが補佐に入っていることを知っていたから苦じゃなかったんだ。でも――」
突然言葉を切ったブレントは、切なそうな目でサンディアナを見つめた。
「兄上の前にいるサンディは可愛かったよ。最初は素直にそれが嬉しかったけど、あんたが兄上を好きなんだって気づいてからは、兄上のふりをするのが苦痛になった」
「それは誤解よ。私はあれがブレントだって知ってたんだもの」
「うん。でも俺はそんなこと知らなかったから、ずっとそう思ってたんだ。兄上――アベル殿下の婚姻に使うアクセサリー作りも熱心だったから、恋を忘れようとしてるんだと思って黙ってたんだ。早く忘れてほしいって、ずっと思って――――タイミングを計ってた」
そう言って泣き笑いのような表情になったブレントに、サンディアナはドギマギしながら視線をそらした。あまりにも空気が張り詰めていて、呼吸の仕方も忘れてしまった気がする。
「馬鹿な事言って。……なによ。まるで私のことが好きだったみたいじゃない? ――なんて」
「好きだよ。本気でこんな茶番に付き合わずにはいられなかったくらい、焦ってたし、本気だ」
空気を緩ませようと茶化したつもりが、ブレントに頷かれて頭が真っ白になった。
「そろそろ動こうと思っていた時に、失恋だの縁談だの聞こえてきて冗談じゃないと思った。思ってたものとは違ったけど、あのとき会話に割り込んでよかったと思ってるよ」
呆然とするサンディアナの手を取り、そこに彼が軽くキスを落とすのでビクッと肩が跳ねる。目を見開いたままブレントを凝視していると、「見すぎだ」と苦笑されてしまった。
「知ってるか? 俺が恋人のふりをしたのは、それを真実にしたかったからだ」
驚くことばかりで言葉が出ないサンディアナが首を振ると、ブレントが優しく目を細める。その大人っぽい笑みにサンディアナは、泣きたいような笑いたいような気持ちになった。
「この旅行の間は、正直ずっと理性の限界を試されてる気がしてたよ。ディアが可愛すぎて、このまま本物にしてもいいんじゃないかって、何度思ったか分からない。ギリギリ踏みとどまったのは、あんたがまだ、兄上を忘れてないと思ってたからだ」
まさか相手が自分だとは思っていなかったと囁くブレントに、サンディアナも囁くように「ブレントが好き」と言った。
「ディア!」
「でも、本当の恋人にはなれないわ。ごめんなさい」




