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93話:ゴリラ&ゴリラ&ゴリラ

 防衛隊を「女の子ばかりの部隊」と鑑定係が評していた。

 まったくその通り。臨時隊員の我を除けば、全員女性で構成された部隊だ。


「お兄様お兄様お兄様ー! 女の中にー男がひとりーですのー!」


 イトコの娘であるフォルが我の状況を聞きつけ裏山へやって来て、上記の台詞を言って笑った。

 しかしこのような子供っぽい煽り文句は、大人には効き目がない。

 我が、


「うむ。そうだな。確かに男一人だ」


 と淡々と返事をすると、


「つまんなーいですの!」


 と文句を言って頬を膨らませた。


「ところでお兄様。防衛隊って異界の魔物と戦っておられるのですわよね? それもただの魔物ではなく、『魔界へ侵攻いたしますわ。ごめんあそばせ』みたいなお考えを持っておられる、とーってもお強い方々と」

「簡単に言うとそうだな」

「では神獣! 神獣さんとは、もうお戦いになられましたの!?」


 フォルは前のめりになり、興奮した口調で大声を出した。

 神獣とは、『神』の文字が入っているが天界や魔界とは無関係。

 強大な力を持つ異界生物の総称である。


「竜巻と雷の神獣! 光と闇を統べる神獣! 時を喰らう神獣! 全生命が渇望する遠郷を守護する神獣! 機兵超神獣! 源流を(つかさど)りし魔神獣! 飢えし欲の神獣! 瞬間湯沸か神獣! こげ茶色の節足神獣! 原始宇宙を駆けし巨大翼神獣! 曽根崎神獣! 稀神獣・カーバンクル・クルージーンカサドヒャン! ゴリラゴリラゴリラ! 聖紋章の真神獣! その真神獣の力を秘める超究極美麗最強戦士フェニックス・ケルケイオン! えっと、それから! それから!」


 本当にいる神獣とフォルの妄想上の神獣が混ざっており、我もどれが実在するのか分からなくなった。


「どの神獣をお殺しになられました!? まさかゴリラゴリラゴリラ……」

「神獣とはそう簡単に邂逅できる存在では無い。防衛隊の仮隊員になってから、まだ一体も現れていない」

「えー。つまんないですのー! つまんないつまんないつまんないですのー!」


 その後フォルは食堂でパフェを食べて帰宅した。

 ちなみにパフェは我が奢った。五杯も。

 きっとフォルはまた晩ご飯を食べられなくなり、母親に怒られたことであろう。



 しかしながら、フォルが言っていた「女の中に男がひとり」という状況は、確かにたまに居心地の悪い時もある。

 特に若い隊員たちは、元魔王である我を敬遠している……というか、恐れている。

 元魔王という肩書を恐れているのだ。そうに違いない。我の目付きの悪さを怖がっているわけではない。何故ならば目付きは悪くないからだ。



 とは云え、全員から避けられている訳でも無い。


 隊員たちの大多数は貴族。

 貴族の中には、我の親戚や知り合いも多々いるのである。

 我が食堂でパンケーキなどオヤツを食べていると、


「メシュトロイオン先王陛下。ご一緒しても宜しいですか?」


 などと言ってくる知り合いも複数いる。


 今日話しかけてきたのは、防衛隊の副隊長だ。

 彼女もまた我の親戚。

 詳しく言うと、イトコであるサディートの奥方の祖父の妹の孫。

 一万歳を越える大悪魔である。


 副隊長は我に合わせてパンケーキを食べながら、


「防衛隊の任務にはなれましたか? 若い隊員と仲良くなりましたか? お菓子だけで無く、ご飯もちゃんと食べてますか?」


 などと、敬語ながらもまさに『親戚のおばさん』っぽく気遣ってきた。


「任務には慣れたぞ」

「そうですか良かったです。では陛下が宜しければ、このまま正式な隊員になってみませんか?」

「ふむ……?」


 唐突な提案だな。

 我が面食らっていると、副隊長は「と言うのもですね」と台詞を続けた。


「ミルミ隊長はあのように『ちょっと素直になれない』性格だから、メシュトロイオン先王陛下に伝えておられないと思うのですが……隊長はあれで、甥っ子の陛下をとても心配なされているのですよ」

「我の何を心配しているのだ?」

「それは、陛下が今お就きになられているレンタル召喚獣って、その……あの、言い難いのですが……平民の仕事じゃないですか」


 確かにそう言われている。


「レンタル召喚事業では陛下の実力を最大限発揮できず、勿体ないと言うか……不完全燃焼だったり、不満が溜まっていたりするのではないか。それに将来的にも不安定だし……なんて、とにかく、そのような心配をされているのです」


 なるほど。

 そういえば、ネア姉上も似たような心配をしていたな。


「ミルミ隊長が陛下を召喚して半ば強引に臨時隊員にしたのは、防衛隊の仕事を体験させたいとのお考えからなのです。そのまま陛下を本当の部下として迎え入れて、そして、ゆくゆくは自分の後継者にしたいと」

「後継者……『山の魔神』か」

「はい。昨日酔っぱらってる時にそう言ってました。あの照れ屋な隊長がこういうことを私に言ったのは、『自分で言うのは恥ずかしいから、おめえが代わりに本人に伝えといてくれ』って意味なのですよ」

「そうか……ふむ」


 叔母上がそこまで考えていたとは。

 しかし、


「しかし我は……」



 我の本意を伝えようとした、その時。

 食堂内、いや防衛隊の全施設内に大きなブザー音が鳴り響き、我の台詞を遮った。

 このブザーは、山に『ゲート』が発生した合図。それもただのゲートではなく──


『緊急特別警戒! 緊急特別警戒! SSS級ゲート発生! SSS級ゲート発生!』


 ブザーの後、深刻な声のアナウンスが響いた。

 SSS級。つまり危険度最大のゲートが発生したのである。




 ◇




「遅せえぞメッシュ!」


 ゲート発生の現場に到着するなり、叔母上に怒鳴られた。

 既に現場には数十人の隊員が到着しており、武装し、ゲートの周りを囲んでいる。

 ゲートは次元の裂け目。まるでヒビ割れたガラスのように、空間に亀裂と穴が開いている。


「叔母上。SSS級のゲートと聞いたが」

「ああ。鑑定士でも計測不能ってヤツだ」


 防衛隊にもレンタル召喚斡旋所と同じように、鑑定士なる役職が存在する。

 希少な『鑑定スキル』を駆使し、ゲートの先にいる魔物たちの強さを鑑定し、案件のランク付けをおこなう仕事だ。

 

 ランク付けの基準となる『強さ』のハードルは、レンタル召喚事業とはまた違う。

 召喚事業でS級案件とされるレベルは、防衛隊ではE級案件程度と言った所であろうか。

 これは召喚獣と防衛隊では、従業員の根本的な強さの次元が違うためである。



 そんな高いハードルをぶっちぎり、SSS級案件と鑑定されたゲートであるが……


「強い魔物がウジャウジャいる世界かもしねえが、でもどうやら魔界へやってくるヤツぁいねえみたいだぜ。単に『ゲートが繋がっただけ』だ」


 叔母上はゲートを横目で見ながらそう言った。


「今回もこれといった仕事はねえな。ってなわけで、さっさとゲートを壊せよメッシュ」


 自然発生するゲートから、必ずしも侵略者が乗り込んで来るわけでは無い。

 好戦的な生物ばかりではないからな。

 むしろ誰もやってこない安全なゲートの方が多いくらいだ。


 今回のSSS級ゲートも、結果的にはその安全側であったらしい。




 と思った、次の瞬間。




 空気(・・)を察知し、我は叫んだ。


「離れろ!」


 我は咄嗟に念動力を使い、ゲートを囲んでいた防衛隊員数名を吹き飛ばした。

 少々乱暴であるが、ゲートから皆を遠ざけたのだ。

 叔母上も我と同じ空気(・・)を察したらしく、


「おめえら! 一万歳以下の若造は全員逃げやがれ!」


 と叫ぶ。

 隊員たちは戸惑う。


 我は急いでゲートに触れ、破壊しようと試みたが……


「ウボオオオオオオオ!」

「何っ……!?」


 ゲートの向こう側から野太い咆哮、そして衝撃が伝わってきた。

 我としたことが、数メートルほど弾き飛ばされてしまった。

 ゲートに触れていた右腕が潰れ砕かれ、噴水のように血が噴き出す。


「油断するなガキンチョ!」


 叔母上は叱咤しながら、身長の五倍はある巨大鉄剣を構え、その刃先をゲートへ向けた。

 我もすぐに体勢を立て直し、睨むようにゲートへ対峙する。


 失った右腕の治りが遅い。極端に遅い。

 普段なら一秒で完治する傷だが、十秒経っても止血する気配さえ無い

 強大な魔力で攻撃された証である。


 若い隊員たちが困惑し混乱しているが、


「若造は逃げろって命令が聞こえなかったのかボケ! 死ぬぞ!」


 と叔母上が再び叫んだことにより、一斉に逃げ帰った。

 残るは一万歳を越える大悪魔、数名のみ。


「メッシュ。おめえもまだ一万歳にもなってねえだろ」

「我は特別だ。叔母上もそう言っていただろう」

「……相変わらず生意気なガキだぜ」



 そしてゲートから、巨大な一本の腕が現れた。


 真っ黒な毛に覆われている。

 指は四つ。

 その腕はゲートを乱雑に撫で回すよう動き、次元の裂け目をこじ開け広げた。


 大きくなった穴から、もう一本の腕が現れる。

 更にもう一本。更に一本。更に。更に。


 そして『その存在』が、ついに全身を露わにした。



「ゴォオォォォ……!」



 荒々しい鼻息。


 全身を覆う漆黒の体毛。

 一つの首に三つの顔が並んでいる。それぞれの顔が大きな二つのギョロ目と、広い鼻の穴を持つ。

 真ん中にいる顔の額に、大きく長い傷が一本。


 上半身には異様に肥大化した胸筋、腹筋、広背筋。そして太い六本の腕。

 下半身がまるで馬の首から下全身(・・)のようになっており。長い体躯に、やはり筋肉質な六本の足が生えている。


 そしてなにより巨大。

 以前現れた熊のモンスター・クモンも巨大であったが、あれさえも子供に思えるようなサイズである。



「コイツぁ……こりゃまたヤベェ奴が来ちまったな。まさか魔界に……」


 叔母上が魔物を見上げ、珍しく緊張した面持ちになっている。


「その口ぶり。叔母上はあの巨大な魔物を知っているのか?」

「ああ。アタイが子供の頃、異界で偶然遭遇したことがある。あの親父でさえ『無理無理。逃げんべ』とか言って、さっさと逃げ出しちまった怪物だ」


 叔母上の言う親父とは、つまり我の祖父殿。魔界の始祖、初代魔王のことである。

 その祖父殿が『無理』と称す程のモンスター。

 それはつまり、


「……神獣か。それも二つ名(・・・)付きの」

「ああそうだ。あいつぁ『武力の神獣』──」


 叔母上の言葉に、隊員たちの顔色が青ざめた。


 この場に残っている隊員は全員、一万歳以上の大悪魔だ。

 ただの『神獣』ならば、隊員たちも驚きはしなかっただろう。実際に交戦経験もある。


 しかし『〇〇の神獣』なる、二つ名を持つ相手ならば話が変わる。


 神獣にも格があるのだ。

 二つ名、称号を持つ神獣──それはあまりにも強大すぎて、悪魔や神からも恐れられている獣。

 太古より全異界の頂点に鎮座する、最悪の存在。



 叔母上は巨大鉄剣を握りしめ、気合を入れるように叫んだ。


「あいつは伝説に聞く武力の神獣──轟理羅號離羅豪裏羅(ゴリラゴリラゴリラ)だ!」


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