91話:ドキッ!女だらけのゴリラ軍団
「おめえの根性叩き直してやる。しばらくアタイの部下として働きな。分かったか殺すぞボケ!」
「我は殺されないしボケでもないが、分かった」
今回の召喚術師──ミルミ叔母上の命令は、上記の通りであった。
また逆立ちで指導されるものだと覚悟していた我は、意外な命令に少々拍子抜けした。
要は叔母上の仕事を手伝えという訳だ。
叔母上の職業は『山の魔神』。
簡単に言えば魔界の守護者。
魔界の山々に自然発生する異界通門ゲート。そこから侵入してくる人や魔物や神獣を追い返す。そんな防衛隊の隊長だ。
つまり我は、その防衛隊の臨時隊員になれと言われているのである。
「ってワケで新しい隊員が入ったぞ! アタイの甥っ子メシュトロイオン。おめえらも知ってるだろ、こないだまで魔王だった馬鹿だ。今日からしばらく世話してやってくれ! 人相は悪いし不愛想だけど、見た目ほど怖くはねえからよろしくな! 愛称はメッシュだ。おめえらも気楽に馬鹿メッシュと呼べよ!」
数十人いる防衛隊員たちの前で、叔母上が我を紹介した。
隊員たちは「呼べるわけないです……」などと呟いている。
「我は馬鹿では無いし、人相も悪くないし、愛想も良い。よろしく頼む」
我は持ち前の爽やかさを発揮し、挨拶をした。
ちょっと無理をして笑顔も作った。「ぅはーはっはっはっは」とも笑った。
それを見た隊員たちは全員、強張った顔で大汗をかいているが……ふむ。最近暑くなったからな。我を怖がっているのでは無いと思う。多分。おそらく。
防衛隊は叔母上が率いるチームなだけあり、体育会系のノリが蔓延しているらしく、
「よろしくお願いしゃあああ!」
と一斉に頭を下げ、数十人分の高い声をピッタリと揃えた。
高い声という表現から察するかもしれないが、防衛隊は全員女性で構成されている。
何故かというと、隊長である叔母上が四万歳を越えているにも関わらず、男性への免疫を持っていないからである。
そしてこの女性隊員たちは、ほとんどが魔界の貴族子女で構成されている。強靭な戦士たちだ。
魔界の貴族とは、大きく分けて三種類いる。
一つ。王族。初代魔王である祖父殿の血を受け継ぐ者たち。我の親戚だ。
一つ。祖父殿が魔界を作るため天界を抜けた際、共に堕天した仲間たち。及びその子孫。
最後の一つ。祖父殿が魔界を作った際に迎え入れた野良の悪魔や魔物の中でも、特に力が強かった一部の者たち。及びその子孫。
由緒正しき『強き者』の血筋であるということだ。
特に防衛隊員に選ばれるのは、貴族の中でも更に上位の強者たち。
無論、その貴族と同等以上の力があれば平民でも防衛隊員になれる。事実そのような者もいる。
何にせよ、とにかく滅多矢鱈に強いと言う訳だな。
そんなアマゾネスだと言わんばかりの女性たちに囲まれて、防衛の任務を行うことになったのだが──
「隊長! 『ゲート』が開いて敵がやってきました! しかもS級です!」
自己紹介の挨拶を終えた途端、見回り中だった隊員が慌てて報告に現れた。
さっそく異界からの侵略者が現れたようである。
ちなみに防衛任務においても、レンタル召喚獣と同じように案件のランクがFからSSS級にまで分けられているらしい。
今回発生したS級は、強者揃いの防衛隊の中でも更に強い、極々一部の上級隊員にしか対処できないレベル。
つまり『凄く強い敵がやってくる』と思えば良い。
「ふーん。ちょうど良かったじゃあねえか。メッシュ、おめえの力見せてみな!」
そう言って叔母上が、我の背中をバシッと叩いた。痛い。
我は、叔母上と他数名の隊員と共に、出現したゲートの元へ移動した。
そこでは既に数名の隊員が、ゲートからやって来たであろう二匹の魔物と交戦していた。
苦戦しているようだ。負傷し倒れている隊員もいる。
「ま、待ってましたよ隊長!」
「こいつら強いです! 早くヘルプー!」
「ああんもう! 痛いぃぃ!」
二体の敵は、我々悪魔族の五倍はある巨大な体躯の魔物。見た目は熊に近い。
体は固く尖った剛毛に覆われており、鉄剣のような鋭い牙と爪を持っている。
涎をだらだらと流し咆哮を上げながら暴れている姿を見るに、おそらく知能はさほどない。
が、見ただけで分かる強靭な肉体。そして近づいただけで分かる強靭な魔力。
百戦錬磨の防衛隊員たちでも、少々分が悪いかもしれぬ。
「熊のモンスターか……略して熊モンと呼ぼう」
「その呼び方は何となくダメな気がすっからやめとけ」
「ふむ……? わかった」
叔母上がそう言うのなら、今後は更に略してクモンと呼ぶことにしよう。
などと名称を考えている場合ではない。
そのクモンが太く長い腕を振り上げ、爪を光らせ、今まさに一人の隊員の首を刈り取ろうとしていた。
首どころか上半身全て潰れてしまいそうな勢い。
「きゃあ!」
狙われた隊員は悲鳴を上げたが、反応が遅すぎた……いや、クモンの動きが素早すぎるのか。
頑強な爪は既に隊員の首に触れており、あとは貫き破壊するのみ。
普通ならもう助からない状況だ。
ただし、
「危ないぞ」
我がいたから助かった。
我は瞬時にクモンへ近づき腕を掴み捻りあげ、攻撃を封じた。
クモンは「ぶぐもおっ」と短く野太い唸り声を上げ、大口を開け、今度は我に噛み付こうとしてきた。獣臭っ。
黄ばんだ牙で噛まれるのは非常に嫌だったので、その前に我は魔法でクモンを燃やすことにした。
「ぶごお!? ふごっ! おがあああ!」
と獣らしい断末魔を上げ、クモンの体は炎上した。
脂ぎっていて良く燃える。ものの十数秒でクモンは炭と化した。
そして山火事にならないよう、すぐに消火した。我は気が利くのである。
一方クモンに狙われていた隊員は腰を抜かし、地面に尻を付き、
「ひ、ひ、ひぅ、ひぃ……あ、あ、あ……あ、ありがとうございます……」
と我へ礼を言った。
「怪我は無いようだな」
「は、はひ。お陰様で……あの……」
「無事でなにより」
この者は魔界の重要な戦力の一員であるからな。
王族として、そして臨時隊員の仲間として、守ることが出来て良かったと言える。
さて残りのクモンは一体。
「やるじゃねえか、さすがはアタイの甥だなメッシュ。でもそれくらいで調子乗んなよクソガキ!」
などと言いいながら伯母上が、パンチ一撃でクモンの頭を粉砕して倒した。
叔母上はクモンと同サイズの巨大剣を持っているのだが、それは使わなかった。
おそらく素手で倒して見せたかったのであろう。
何故そう思うのかと言うと、すごいドヤ顔をしているからだ。
「どうだアタイの腕は! おめえより時間かからずに、しかもパンチ一発で仕留めたぞ? ん? ミルミお姉さんを見直したか?」
「うむ。三万数千歳も離れた甥っ子に張り合おうとする大人気ない態度は、中々に悪魔的で良いと思う」
「だろぉ…………ん? はぁ!? んだとぉコラ!? それ褒めてねえだろ!」
「褒めているぞ」
しかし叔母上は気に食わなかったようだ。
我の頭を掴み、ガツンと頭突きをしてきた。
「痛いぞ」
「うっせえ!」
叔母上が二度目の頭突きをしようと頭を上げた時、隊員の一人が大声で、
「た、隊長、そんなことしてる場合じゃないですよ!」
と叫んだ。
「ゲートから更に魔物がやって来ます……しかも五体!」
その言葉通り、新しいクモンが五体出現した。
我らを見るやいなや、襲い掛かってくる。
どうやらクモンたちは『突然現れたゲートを偶然通り、魔界へ迷い込んだ』というより、明確に『この世界へ侵攻』する意思を持っているらしい。
とはいえ、異界侵略を企てる程の知能はおそらく無いので、単純に『縄張りを広げたい』と言った所であろうか。
しかし複数で徒党を組んで来たということは、意外と社会性のある魔物のようだ。
先の二体と今の五体だけでなく、更に大勢の群れを成しやってくる可能性は高い。
「解析完了しました。ゲート自然消滅まで残り約三十時間です!」
隊員の一人が言った。
自然発生したゲートは時が経てば消滅する。
その長さはゲートごとに異なるが、今回は三十時間らしい。
つまり下手をすれば三十時間、ずっとクモンが襲来し続ける。
いやクモン以外の更に凶悪な魔物がやってくる可能性さえある。
「へっ。長期戦になりそうだな。覚悟は出来てっか、メッシュ!?」
叔母上はそう言って我の頭から手を離し、巨大剣を手に取り横に薙ぎ払う。その一振りだけでクモンを三体纏めて葬り去った。
「うむ。三十時間でも三十日でも平気だが……しかし疑問があるのだが、聞いても良いか叔母上」
我も二体のクモンを焼き払い炭にしつつ、尋ねた。
「んだぁクソガキ? ミルミお姉さんに何でも聞いてみな!」
「どうして自然消滅するまで待つのだ?」
我は異界への通門ゲート──次元の歪みへ手を差し入れた。
隙間から、更に大量のクモンがこちらへ押し寄せて来ているのが見える。
そして我は提案する。
「ゲートごと壊し、出入口を塞げば良いだろう」
「ああん!? 何言って」
パキン、というまるでポテトチップスを噛み砕いたかのような軽い音が響いた。
ポテトチップスを思い浮かべたのは我の小腹が減っているからだな。
しかし壊れたのは菓子ではなくゲート。
我の魔力で無理矢理に潰してしまったのだ。
「……うそー」
「え? あれって壊せるの?」
「いやいや無理でしょ……」
隊員たちがひそひそと話している。
叔母上は目を見開き、しばらく唖然としていたが……
「…………なんかムカつくなぁオイ!」
「やめろ叔母上。痛いぞ」
急に我の首へ腕を回し、ヘッドロックをかました。




