66話:マークⅡの逆襲
「母は、初代魔王──ルキフェロイオン様の強さに憧れていた。ただ、それだけだったのよ」
母が死ぬ間際に言った、最期の言葉。
ならば初代魔王の息子である父は、ただの代用だったのだろうか。
愛してはいなかったのだろうか。
なんてことを考えると、我の心に小さなモヤモヤがかかる。
実に悪魔らしからぬ女々しい感情。あ、いや今の女々しいという言葉はただの慣用句であり、発言に男女差別の意図はなく、決してセクハラではないのでご了承頂きたい。
ともかく、つまり、そうなので。両親の最期の日については、なるべく思い出さないようにしていた。
だから親戚であるブタマンチョ(名前(名前じゃない))の本名さえも忘れていたのだ。いやそれは無関係かもしれないが。
さて。
そういう訳で今回久々に思い出したのだから、もう少し後の方まで振り返っておくか。
一番肝心な『あの出来事』について──
そうだな、まずは……
母や祖父をはじめとしたルヴェ家の反乱を、見事阻止した直後の話だ。
事件が終息したのは良いのだが、誘拐されかけた我とラスは、子供二人だけで何処かも分からぬ異界へ取り残されてしまった。
「ひ、ひぃぃぃ……ひぃ……」
ラスは泣き続けている。
仕方あるまい。
目の前で母が死んだのだ。それも殺したのは兄……つまり我。
はぐれないよう手を繋いだ途端、ラスは大きく震えた。我を見て怯えているのだ。
我はそっと手を離し、ラスから距離を置いた。
それと関係無いが、我は全裸だった。
母の攻撃で服が消滅してしまったからだ。
全裸の兄と、泣く妹。
そんな状況だった。
どうやって帰ろうか、と困っていた……その時。
「オラァアアア! どこだクソ野郎どもおおお!」
聞き慣れた女性の叫び声。
魔界からの追手が、ようやく駆け付けてきたのだ。
「兄貴たちの仇だァァアアア! 魔王の血族ナメんなよコラボケェエエエ!」
叔母上が凄まじい勢いで、砂埃を立てながら現れた。
しかも単身で。他の兵士や馬は、叔母上の走りに追いつけなかったのだろう。
「見つけた……ああ!? 血だらけじゃねえかよ!」
叔母上はルヴェ家一同の死体を見つけ、足を止めた。
「死んでんのかぁ? どうなってんだこりゃあ……おお、メッシュ! ラス!」
「叔母上」
「お、おばさぁん……」
次に我ら兄妹を見つけ、小走りで駆け寄ってきた。
「テメエらは無事だったのか……って、あああああ! お、お、お、おお、おちんちん」
叔母上は顔を真っ赤にし、目を覆った。
少年それも甥っ子の性器を見て、慌てふためいていた。
◇
「二代目魔王アルドロイオン。そしてその弟ライディロイオン。共に討ち死に──では無く、寝首を掻かれて死んだ。暗殺だ。しかも二人とも首が行方不明」
「どうして二人揃って寝ていたの? 私たちの睡眠は年に三時間よ。偶然二人とも同時に眠くなったとでも?」
「死体を検分した所、どうやら毒を盛られたようである。魔王を毒殺するのは困難であろうが、眠らせるくらいなら何とか可能……特に下手人がルヴェ家なら、それくらいの毒は用意出来る」
「ルヴェ家が犯人だと決まった訳ではありません」
「時を同じくして一族全員が消えたんだ。犯人に決まっている」
城では、最上級の貴族──初代魔王と共に魔界を作った長老たち──が中心となり、緊急会議を開催していた。
話にも出てきたが、父上と叔父上は毒を盛られたらしい。
おそらく我が眠くなったのも、夕食に毒が入っていたのであろうな。
ラスは我のミカンや肉料理を食べたせいで、とばっちりを受けてしまったようだ。
「眠っていたとは云えアルドロイオンとライディロイオンを殺せる者なんて……ピュグラ=ルヴェ。あの子以外に存在するのかしら?」
「外部犯なら、それこそ天界の最上級神レベルが誰にも気付かれず魔界へ侵入していたことになる。有り得ん。ルヴェの犯行と考えるのが妥当だ」
当然であるが、犯人が誰であるかはすぐにバレていた。
「ピュグラ=ルヴェか。あの者が反乱を起こすとしたら、理由はただ一つ」
「……逆堕天聖浄神。ほとんど御伽話のような存在だが……まさか、転身する算段が付いたのか?」
「わからないけど最悪の事態は想定すべきね。ピュグラが逆堕天聖浄神になって天界に寝返ったら、私たちも危ないわよ」
逆堕天聖浄神の件は、長老たちにも察しがついていたらしい。
我は「母が暴走さえしなければ、聖浄の事を隠して魔界へ連れ帰りたかった」と考えていたのだが……それは甘すぎたかもしれない。
「それにメシュトロイオンも消えた。あいつはまだ子供であるにも関わらず、初代魔王の血族の中で最も魔力が高い。私たちが恐れる程にな。あいつが聖浄するのは危険だ。一緒に消えた妹も、メシュトロイオン程では無いが大きな脅威となり得る」
「メシュトロイオンが今回の騒動でピュグラに殺されたのならば吉。ピュグラに賛同しているのならば凶」
我やラスのことも、やはり議題に上がっていたらしい。
それに、
「とりあえず、ネアとノーザは殺しておく?」
「人質として生かしておく手もあるぞ」
「ピュグラはあの子たちを捨てたのだ。人質になるのか?」
姉上と弟のことも。
我ら兄弟は、非常に不安定で危うい立場になっていた。
「いずれにせよ私たちに差し迫った問題は『天界への対抗策』だ。まず決めるべき事が何か、分かるな? サディートロイオンよ」
長老たちばかり喋りまくっていたが、他の王族や大臣も参加はしていた。
ここでようやく、王族であるサディートに話が振られた。
サディートは眼鏡を光らせながら答える。
「承知しています。空席になった魔王の座について──」
「その通り。大きな戦争が起こるならば、兵士を統率するため『魔王』という象徴が必要なのだ」
「特に急を要する今は、初代魔王ルキフェロイオンの血族から選ぶ必要があるわね」
今は。
情勢が落ち着いた後ならば、初代魔王の血族以外から選んでも問題ない……と言外に匂わせている。サディートはそう感じたらしい。
そしてサディートは、こうも考えていた。
「メッシュが死んだら吉? ネアやノーザを殺す? そんなことを従兄弟である私の前で言うか……どうして今こんな話をしないといけないのだ。私は、父の死を悲しむことも出来ないのか? 初孫の誕生を心待ちにしていた父が、孫の顔を見ること無く死んでしまったというのに」
と。
サディートにしても、実の父親が殺されたばかり。
なのに、政治の話をしないといけない。
王族の責務から逃げ出したい。そんな気持ちさえ沸いたという。
「初代魔王の血を継いでいる者は今や三人よ。まずはサディートロイオン、あなた自身。そしてあなたの叔母ミルミロイオン。あなたの従兄弟マートシュガロイオン」
ネア姉上とノーザは最初から除外されていた。
「しかしマートシュガロイオンはまだ子供……そもそもあいつの母親は貴族でもない。相応しくない」
「ならミルミロイオンかサディートロイオン。どちらかだな」
「そういえばミルミは何故ここにいない?」
「二代目魔王を殺した犯人を追っている。勝手に兵を出してな。相変わらず軽薄な子だ」
「やはり適任はサディート──」
その会話の流れで、サディートは三代目魔王になることを覚悟したという。
後に我へ語ってくれた話によると、本当は魔王になどなりたく無かったらしいのだが……
その時、会議室の扉が荒々しく開いた。
「おいジジイババアども!」
扉から現れたのは叔母上。
長老たちに向かって、開口一番に悪態をついた。
「テメエらがゴチャゴチャお喋りしてる間に、ガキんちょが全部解決したぞ! テメエらが、テメエらが呑気にして、追手を中々差し向けねえから……メッシュがな、メッシュが……!」
怒り心頭で喚き散らす叔母上。
その後ろから、我とラスがひょっこりと顔を出す。
会議に集まっていた者たちは、皆一様に驚愕の表情を見せた。
サディートが我に駆け寄る。
「メッシュ。ラス。無事だったのですね」
「姉上とノーザは?」
「二人は何ともありません……今は部屋に閉じ込められていますが」
「そうか」
とりあえず二人の無事を聞き、我はようやく安堵した。
「……メシュトロイオン。その髪や肌にこびり付いた赤い塊。ルヴェ家の者の血か?」
長老たちが我へ尋ねた。
我は「うむ」と肯定し、誘拐された経緯を話した。
ただし母が逆堕天聖浄神になったこと、そして我が母の胎内で聖浄と堕天を繰り返していたこと。それらは秘密にした。
というか、我自身よく意味を理解していなかった。
「そうか、やはりピュグラが魔王殺しの犯人であったか。ではピュグラは今……」
「我が殺した。母も。祖父も。伯父も。叔母も。従兄弟も。他も。全て我が殺し逃亡を阻止した」
「お、お前が……子供のお前が、ピュグラ=ルヴェを殺した……だと?」
長老たちは息を呑んだ。
母は逆堕天聖浄神にならずとも、元々長老たち全員の力を凌駕していたのだ。
その母を殺した我。
魔界で一番強いのは、圧倒的に我。
「……アタイはピュグラの死体を見たよ。確かにメッシュの魔力で、殺……」
叔母上はそこでハッと口を閉じ、気不味そうな目で我をちらりと見た。
気を遣ってくれたようだ。
「……まことか、ラス?」
長老の一人がラスにそう聞くと、
「…………う、う、う、うん……ひ、ひいいいいいいん」
と、泣きながら答えた。
その涙が、全て本当であると語っていた。
「メッシュ……あなたは……」
サディートはラスの泣き顔と我の顔を交互に見て、
「そんな重荷を」
そう呟いて、辛そうな顔で我を抱きしめた。
その後。
三代目魔王の選出は、数日かけて実施された。
叔母上は自分から降りた──というか性格に難があるため、最初からほとんど選出外だった。
基本的には、サディートと我のどちらにするか、という議論。
マートを担ぎ上げようとする貴族たちも、結構いたらしいがな。
ルヴェ家が滅んだことで新魔王選出の緊急性はなくなり、『初代魔王の血族以外からも選出する』案も挙がったらしい。
が、自然に消えた。
何故ならば初代魔王の血族である我が、我こそが、とにかく強かったからだ。
で。結局我が選ばれた。
ある朝、気付いたら城の皆から「魔王様」と呼ばれるようになっていたのだ。
──そして。一番肝心な『あの出来事』に続くのである──
「マオウ、タオス。ウィーンガシャンウィーン。ミサイル発射」
「くっ……ロボット勇者マークⅡめ。外見にトゲトゲが増してますますイロモノになったクセに、我が大苦戦するほどの強者だとは……しかも弱点であった給油口の蓋がどこか分からなくなっている」
「ウィーンウィーン」
そう。
一番肝心な出来事とは、我が魔王だった時に戦った史上最強の敵。
ロボット勇者マークⅡの襲来である!
母より強かった。
「しかし、ついに弱点を発見したぞ。相変わらずガソリンで動くようだな……排気管が丸見えだ! マフラーに炎を送り込んで逆流させ、エンジンを焼き付かせてやろう!」
「ウィーンウイーン。ピンチピンチ」
「さらばだロボット勇者マークⅡ。貴様は我が戦った神や勇者の中でも、最上の実力者であったぞ……さあ、喰らえ。我が魔界の獄炎──」
「ちょーっとお待ちくださいですのメッシュお兄様! お兄様お兄様お兄様ー! あのロボット、壊しちゃダメですことよ」
「フォル。また仕事の邪魔を……一応聞くが、どうして壊したら駄目なのだ?」
「わたくし、あのロボットが欲しいんですことよ! オモチャにしますの! お友達に自慢しますの!」
「何をワガママなことを。この前のロボット勇者は三日で壊したではないか。廃品回収に出せるか出せないか、何か月も自治体の人と揉めたのだぞ。その間ずっと邪魔な粗大ゴミとして城の廊下に置かれていたせいで、我がサディートに怒られた」
「いやあああ! 欲しいですの欲しいですの欲しいですのー! ほーしーいーでーすーのーぉ! うぎゃああああああーん! ぬぎゃあああああああああーーん!」
そして数か月後、ロボット勇者マークⅡを廃品回収に出した。




