59話:これがワイの回想シーンや!
仕事も終わり、ホテルの部屋で一人オヤツを楽しむ我。
早々に食べ終わり暇となり……ふと、本日鑑定係と交わした言葉を思い出す。
『回想シーンー?』
『いや良い。後で暇な時に一人でやっておく』
……言ってしまったな。
別にもう回想シーンをやるような気分でも無くなっているのだが……しかし、言ってしまった。
我は非常に誠実な男。自分の言動を曲げるのが嫌いなタイプなのである。
「いかん。回想シーンを始めねば」
我は責任を感じ、例の『あれ』を回想することにした。
正直に言うと暇潰しも兼ねている。毎日毎日、仕事から帰った後にやることが無いのだ。
忘れている部分も多々ある。頑張って思い出さないとな。
我は目を閉じ、回想する……
…………
「も~! も~も~! メッシュくんったら、もっとお姉ちゃんに構ってよ~!」
「酔っているな姉上。我は充分構っているだろう。プライベートな時間の内、実に20%は姉上と遊んでいるぞ」
「100%割いて欲しいの~! もっとメッシュくんのお肉を食べたいし、もっとえっちなこともしたいの~!」
「乗り気がしないな」
「なんで~!? 酷い~。も~。こうなったらドスケベマッサージしゅる! お姉ちゃん脱ぐから、メッシュくんも脱いでね。ほーらおっぱいでちゅよ~」
…………
間違えた。
これは先日の兄弟会食後。我の部屋にて、ネア姉上と二人で二次会をした時の回想だ。
姉上は服を脱ぎ、我の全身を舐めようと襲い掛かってきたが……腹が減ったのか、我の血肉を喰らい始めた。痛かった。
その際、壁に付着してしまった血痕。
この赤黒い染みが視界に入ったせいで、ついつい回想するシーンを間違えてしまったではないか。
まったく。雑念が入って困るな。
きちんと回想しよう。
こんな最近の記憶でなく、もっと昔の記憶だ。
我は目を閉じ、過去を探る……
…………
「マオウ、タオス。ウィーンガシャンウィーン。ミサイル発射」
「くっ……ロボット勇者め。外見は完全にイロモノのクセに、我が苦戦するほどの強者だとは……しかしついに弱点が分かったぞ。給油口の蓋が丸出しだ……ガソリンでなく炎を送り込んでやろう」
「ウィーンウイーン。ピンチピンチ」
「さらばだロボット勇者。貴様は我が戦った神や勇者の中でも、五指に入る実力者であったぞ……さあ、喰らえ。我が魔界の獄炎──」
「ちょーっとお待ちくださいですのメッシュお兄様! お兄様お兄様お兄様ー! あのロボット、壊しちゃダメですことよ」
「フォル。仕事の邪魔をするなといつも言っているだろう……どうして壊したら駄目なのだ?」
「わたくし、あのロボットが欲しいんですことよ! オモチャにしますの! お友達に自慢しますの!」
「何をワガママなことを」
「欲しいですの欲しいですの欲しいですのー! ほーしーいーでーすーのーぉ! うぎゃああああああーん!」
…………
また間違えた。
これは我が魔王現役だった頃の回想だ。
ロボット勇者。我を倒すため、異界からやってきた使者。
強敵であった……が、回想する必要はあまり無い。
冷蔵庫が急にウィーンと鳴ったせいで、回想を間違えてしまったではないか。
まったく。冷蔵庫のせいだぞ。まったく。
ちなみにロボット勇者の残骸はしばらくフォルの玩具になっていたが、数か月後、廃品回収に出した。
いかん。
もっと昔の回想をせねば。
もっと……ええと、あれは……
…………
「げへへへ。おいメッシュ」
「おまえは、しんせきのブタマンチョ(名前)。われにようか?」
「げへっへ。そのジュース飲まねえなら俺様に寄越しやがれ」
「なに! やだ。のむ。これはわれのだぞ」
「年上の言う事は聞くもんだぜ。お前の物は俺様の物。独占禁止法ってやつだな。オラ寄越せ」
「うぬう。どくせんきんしほうは違うきがするが……しかたない。おまえとは仲よくしろって、ははうえにもいわれてるからな」
「ケッ。ただビビってるだけのクセに強がりやがって。さっさと寄越せ……おい。手を放せって。コラ!」
「やっぱりやだ。代わりにおまえをジュースにしてやる」
「ぐああぁあああああ!」
…………
またまた間違えた。
今度は昔過ぎた。
我が幼児の頃の朧げな記憶だ。
ガキ大将的なポジションだった不快な親戚ブタマンチョ(名前)を、ジュースというかミンチにした思い出である。
ブタマンチョはギリギリ死なずに済んだが、我は大人たちに「親戚を殺そうとするのはやめろ」と怒られてしまった。
苦い思い出だ。我は怒られるのが嫌いなのである。
まあそれ以後ブタマンチョは我を恐れ、近寄って来なくなったので、結果的には良かったとも言える。
いやいや。
ブタマンチョの思い出はどうでも良い。
どうも集中力が切れている。
オヤツが足りないのであろうか……
『メシュトロイオン……メシュトロイオンよ。私に良い考えがあります』
むっ。誰だ?
とか言ってみる。
『私は、あなたの中に存在する天使です……」
天使?
ならば死ね。
我は悪魔だぞ。どうして我の中に天使がいるのだ。
『傷つくから死ねとか言わないで。天使と言っても神の遣いである天使とは違います。よくあるでしょ。心の中に天使と悪魔がいるとか云々』
なるほど聞いたことがある。
しかし天使は体裁が悪いのでやはり死ね。
『ならば悪魔になります。ゥハーハッハッハッハー。私はあなたの中に存在する悪魔です……』
簡単に宗旨替えするのだな。
だが我はそもそも悪魔であるからして、悪魔の中の悪魔と言うのもややこしい。
それで、その悪魔の中の悪魔が何の用だ?
『私は回想シーンを司る悪魔なのです。私の力でお望みの回想シーンを見せてあげようではありませんか』
何と。そんなことが可能なのか。
では頼む。
『わかりました。とっておきの回想シーンをお見せします。その題目は──初めてコンビニスイーツを食べた件について──』
いややっぱり良い。
『何故? エクレアですよ?』
そんなことを回想したいのではない。
もうお前の力は借りぬ。
帰れ悪魔。
『じゃあまたね。BYE』
──と、頭の中で一人遊びしてみた。
ただ結局回想シーンには入れなかった。
もう全然集中できない。
諦めて散歩にでも行くか、それとも行商人の元へ行き新しいオヤツでも買うか。
それとも、もっと頑張って集中してみるか……
集中。か……
亡き父上の言葉を思い出す。
「集中や熱意など必要無い。ただ己と敵の死線を見切るだけで良い。痛みを覚えろ。叩かれ殴られ、男は強く大きくなれる」
「わからぬ。どーゆー意味だ、ちちうえ?」
「成長すれば分かるさ」
我が子供の頃。
城の中庭にて、父上が珍しく稽古を付けてくれた時の言葉。
何となく言葉の雰囲気は理解出来るが……具体性が無く、正直言って意味不明なアドバイスであった。
今でもあまり分かっていない。
「メッシュ。お前は子供のくせに、既に私より大きな魔力を持っている……マートのやつも。成長し身体能力が向上すれば、お前たちはすぐにでも私を越える悪魔になる」
「そーなのか。じゃあ来年にでも、さっそく越えよう」
「その意気だ。まあ、血だけが自慢で才能の欠片も無い私を越えたところで、そこに大した意味は無いのだけれど……でもお前たちなら初代魔王の全盛期さえ越えるかもしれない」
父上はそう言って、我の頭に手を置いた。
すると、
「ふふふ。宇宙最強の二代目魔王様も子供には甘いのね」
我の母親が、中庭の隅で茶を淹れながら朗らかに笑った。
母は真っ白な肌で、病的なまでに痩せている女であった。
長く細い手足と指は、まるで骨がそのまま動いているよう。
悪魔的に美しく麗しく禍々しいが、ひ弱そうな容姿。
ただし、魔界でも最上級の強靭な魔力を持っていた。
「甘いか。確かに親の贔屓目は過分にあるかもしれない。悪魔は身内に甘い」
悪魔は身内に甘い。古くから魔界に伝わる言葉である。
普段は冷酷で容赦ない魔王であった父上も、例外では無かった。
「……だがそう言いつつも皆、一番大切であるのは身内よりも結局は己自身。それは悪魔も神も変わらない」
「む。また意味がわからんぞ、ちちうえ」
「これも成長すればわかる」
そう言い残し、父上は訓練を終わりにし職務へ向かった。
意味深な言葉を喋るのが好きな父上であった。
「あら。お待ちになって、あなた」
母も父上を追いかけ、城の中へ入っていった。
残された我は律儀に整理運動をし、着替えた後にようやく城内へ。
その後は……
そうだ。確か廊下で、
「げへへへ。なんだ文句あるのかよ。新顔のクセに。このオカマ野郎」
「文句なんてある訳ないさ。僕は豚に文句を言うような狂人では無いからね♡」
「ああ? あぁ………………おい! そりゃどういう意味だコラ!」
「これは失礼。豚よりもだいぶ鈍いようだね。後で豚さんに謝っておくよ♡」
「て、て、て、てめえぇ!」
廊下曲がり角の先から、子供の喧嘩声が聴こえてきた。
片方は弟のマート……いや、確かその時は妹のマートだったか。
そしてもう片方は親戚のブタマンチョ(名前)だ。
マートは最近城に引き取られたばかりで、親戚内でも腫れもの扱いされている。
とはいえ、二代目魔王である父上の子供である事は確か。誰も文句は言えない。
ブタマンチョもイヤミ等は言いながらも、直接マートへちょっかいかける事はなかったのだが……
愚かにも、ついに我慢出来なくなってしまったらしい。
「いかん。ブタマンチョはどうでもいいが、長男としてマートのケンカをとめねば! 長男だからな!」
幼き頃より責任感が強かった我は、声がする方向へ急いで向かう。
走ると大人に怒られるから早歩きだ。
「魔王のガキだからって、手を出されないと思ってあんまり調子ン乗ンなよ? レイプしてやっても良いんだぞコラ」
「そっ。どうぞご自由に。ほら、なんなら服を脱いであげようか♡ でもキミに僕を犯す度胸と力があるのか疑問だね」
「んだと、テメ……」
「噂で聞いたよ♡ キミも昔はメシュトロイオン兄上やサディートロイオン殿下に生意気な言葉を吐いていたらしいじゃないか。でも彼らが自分より強くなったら、豚尻尾を巻いて蹄を鳴らして逃げるようになったんだってね。ぶひぶひ♡ って♡」
「だ、こら、おら、てめ、おい……こ、この…………売春婦の娘が!」
「…………」
言い争いの声がピタリと止んだ。
当時は背も四肢も未発達な少女であったマートが、その小さな右腕を静かに上げる。
掌に漆黒の魔力を纏わせ、ブタマンチョの首を……
「やめろマート」
我は背後から近づき、マートの右手首を掴んだ。
マートは右腕の動きを素直に停止させる。
ブタマンチョは、
「げっ、め、メッシュ……クソッ」
と言って唾を吐き、慌てて逃げるように去っていった。
「覚えてろよ。次は殺すぞオカマ野郎!」
捨て台詞まで吐いて。
呑気な奴だな。まさに今、自分が殺されようとしていた事に気付いていないらしい。
というか唾を掃除していけ。汚いな。
一方のマートは、殺気を隠さぬまま無言でブタマンチョの背中を見送っていた。
今思うと幼少時から、女のマートはたまに我を忘れてヒステリックになる傾向があったかもしれないな。
しばらくすると、ようやく落ち着いたようで、
「……兄上♡ 僕を助けに来てくれたんだね。大好きだよ♡」
そう言って我に抱きつき、頬に口づけをした。




